立正安国論(広本) 建治・弘安の交(1275-78) 或文応元年(1260) 沙門 日蓮勘  旅客来りて歎いて曰く 近年より近日に至るまで天変・地夭・飢饉・疫癘、遍く天下に満ち広く地上に迸る。牛馬巷に斃れ骸骨路に充てり。死を招くの輩既に大半に超え、之を悲しまざるの族、敢えて一人も無し。然る間、或は利剣即是の文を専らにして西土教主の名を唱え、或は衆病悉除の願を恃みて東方如来の経を誦し、或は病即消滅不老不死の詞を仰ぎて法華真実の妙文を崇め、或は七難即滅七福即生の句を信じて百座百講の儀を調え、有(また)は秘密真言の教に因って五瓶の水を灑ぎ、有は坐禅入定の儀を全うして空観の月を澄まし、若しくは七鬼神の号を書して千門に押し、若しくは五大力の形を図して万戸に懸け、若しくは天神地祇を拝して四角四堺の祭祀を企て、若しくは万民百姓を哀れみて国主国宰の徳政を行う。然りと雖も、唯肝膽を摧くのみにして、弥いよ飢疫に逼り乞客目に溢れ死人眼に満てり。屍を臥して観と為し、尸を竝べて橋と作す。観れば夫れ二離璧を合わせ、五緯珠を連ぬ。三宝世に在し百王未だ窮まらざる。此の世早く衰へ、其の法何ぞ廃れたるや。是れ何なる禍に依り、是れ何なる誤りに由る矣。  主人曰く 独り此の事を愁へて胸臆に憤悱{ふんぴ}す。客来りて共に歎く、屡(しばしば)談話を致さん。夫れ出家して道に入るは法に依って仏を期する也。今神術も協わず、仏威も験し無し。具さに当世の体を覿るに、愚にして後生の疑を発す。然れば則ち、円覆を仰ぎて恨を呑み、方載に俯して慮を深くす。倩微管を傾け聊(いささ)か経文を披きたるに、世皆正に背き、人悉く邪に帰す。故に善神国を捨て去り、聖人所を辞して還らず。是れを以て魔来り鬼来り、災難竝び起る。言わずんばあるべからず、恐れずんばあるべからず。  客の曰く 天下の災・国中の難、余独り歎くに非ず。衆も皆悲しむ。今蘭室に入りて初めて芳詞を承るに、神聖去り辞し災難竝び起るとは何の経に出でたる哉。其の証拠を聞かん矣。  主人の曰く 其の文繁多にして其の証弘博なり。 金光明経に云く_其の国土に於て此の経有りと雖も未だ嘗て流布せず。捨離の心を生じて聴聞せんことを楽はず。亦供養し尊重し讃歎せず。四部の衆、持経の人を見て亦復尊重し、乃至供養すること能わず。遂に我等及び余の眷属、無量の諸天をして此の甚深の妙法を聞くことを得ずして、甘露の味に背き正法の流れを失ひ、威光及以(および)勢力有ること無からしむ。悪趣を増長し人天を損減し、生死の河に墜ちて涅槃の路に乖かん。世尊、我等四王竝びに諸の眷属及び薬叉等、斯の如き事を見て其の国土を捨てて擁護の心無けん。但我等のみ是の王を捨棄するに非ず。必ず無量の国土を守護する諸の大善神有らんも皆悉く捨去せん。既に捨離し已りなば、其の国は当に種種の災禍有って国位を喪失すべし。一切の人衆は皆善心無く、唯繋縛・殺害・瞋諍のみ有り。互いに相(あい)讒諂し、枉げて辜無きに及ばん。疫病流行し、彗星数(しばしば)出でて、両日竝び現じ、薄蝕恒無く黒白の二虹は不祥の相を表し、星流れ地動き、井の内に声を発し暴雨悪風、時節に依らず。常に飢饉に遭いて苗実も成(みの)らず。多く他方の怨賊有って国内を侵掠し、人民は諸の苦悩を受け土地に所楽の処有ること無けん 云云。 大集経に云く_仏法実に隠没せば髭・髪・爪皆長く、諸法も亦忘失せん。当時虚空の中に大なる声ありて地に震い、一切皆遍く動ぜんこと、猶お水上の輪の如くならん。城壁破れ落ち下り、屋宇悉く圮{やぶ}れ拆け、樹林・根茎・枝葉・華葉・菓薬は尽きん。唯浄居天を除きて欲界一切処の七味・三精気は損減して余有ること無く、解脱の諸の善論は当時(そのとき)一切尽きん。生ずる所の華菓の味は希少にして亦美(うま)からず。諸有の井泉池は一切尽く枯涸し、土地も悉く鹹鹵し、敵裂して丘澗と成り、諸山は皆燋燃{しょうねん}して天龍雨を降らさず。苗稼皆枯死し、生者皆死尽くして余草更に生ぜず。土を雨(ふら)し、皆昏闇にして日月は明を現ぜず。四方皆亢旱し数諸の悪瑞を現じ、十不善業道・貪瞋癡は倍増して、衆生の父母に於ける之を観ること獐鹿{しょうろく}の如くならん。衆生及び寿命・色力・威楽減じ、人天の楽を遠離し、皆悉く悪道に堕せん。是の如き不善業の悪王悪比丘我正法を毀壊し、天人の道を損減し、諸天善神王で衆生を悲愍する者、此の濁悪の国を棄てて皆悉く余方に向かはん 云云。 仁王経に云く_国土乱れん時は先づ鬼神乱る。鬼神乱るるが故に万民乱る。賊来りて国を劫し、百姓亡喪し、臣君・太子・王子・百官共に是非を生ぜん。天地怪異し、二十八宿の星道、日月は時を失ひ度を失ひ、多く賊の起ること有らんと。 亦云く_我今五眼をもて明らかに三世を見るに、一切の国王は皆過去の世に五百の仏に侍するに由りて帝王主と為ることを得たり。是れを為て(もって)一切の聖人・羅漢も為に彼の国土の中に来生して大利益を作さん。若し王の福尽きん時は一切の聖人皆捨て去ることを為さん。若し一切の聖人去らん時は七難必ず起こらんと 云云。 薬師経に云く_若し刹帝利・潅頂王等の災難起こらん時、所謂、人衆疾疫の難・他国侵逼の難・自界叛逆の難・星宿変怪の難・日月薄蝕の難・非時風雨の難・過時不雨の難あらんと 云云。 仁王経に云く_大王、吾が今化する所の百億の須弥・百億の日月、一一の須弥に四天下有り。其の南閻浮提に十六の大国・五百の中国・十千の小国有り。其の国土の中に七の畏るべき難有り。一切の国王是れを難と為すが故に。云何なるを難と為す。日月度を失ひ時節返逆し、或は赤日出でて、黒日出でて、二三四五の日出でて、或は日蝕して光無く、或は日輪が一重、二三四五重輪現ずるを一の難と為すなり。二十八宿は度を失ひ、金星・彗星・輪星・鬼星・火星・水星・風星・刁星{ちょうせい}・南斗・北斗五鎮の大星・一切の国主星・三公星・百官星、是の如き諸星が各各変現するを二の難と為すなり。大火国を焼き万姓焼尽し、或は鬼火・龍火・天火・山神火・人火・樹木火・賊火あらん。是の如き変怪を三の難と為すなり。大水百姓を?没{ひょうもつ}し、時節返逆して冬雨ふり、夏雪ふり、冬の時に雷電霹礰{へきれき}し、六月に氷霜雹を雨し、赤水・黒水・青水を雨し、土山・石山を雨し、沙・礫・石を雨し、江河逆に流れ、山を浮べ石を流す。是の如く変ずる時を四の難と為すなり。大風万姓を吹き殺し、国土山河樹木一時に滅没し、非時の大風・黒風・赤風・青風・天風・地風・火風・水風、是の如く変ずるを五の難と為すなり。天地国土亢陽し、炎火洞燃して百草亢旱し、五穀登(みの)らず。土地赫燃して万姓滅尽せん。是の如く変ずる時を六の難と為すなり。四方の賊来りて国を侵し、内外の賊起り、火賊・水賊・風賊・鬼賊ありて、百姓荒乱し刀兵劫起こらん。是の如く怪する時を七の難と為すなり 云云。 大集経に云く_若し国王有りて無量世に於て施戒慧を修すとも、我が法の滅せんを見て捨てて擁護せずんば、是の如く種うる所の無量の善根悉く皆滅失して、其の国当に三の不祥事有るべし。一には穀貴、二には兵革、三には疫病なり。一切の善神悉く之を捨離し、其の王教令すとも人は随従せず。常に隣国の為に侵?{しんにょう}せられん。暴火横(ほしいままに)に起り、悪風雨多く、雨水増長して人民を吹?{すいひょう}せん。内外の親戚其れ共に謀叛せん。其の王久しからずして当に重病に遇い、寿終の後大地獄に生ずべし。乃至、王の如く夫人・太子・大臣・城主・柱師・郡守・宰官も亦復是の如くならん 已上経文。  夫れ四経の文朗かなり。万民誰か疑わん。而るに盲瞽の輩迷惑の人、妄りに邪説を信じて正教を弁へず。故に天下世上は諸仏衆経に於て捨離の心を生じて擁護の志無し。仍って善神聖人国を捨て所を去る。是れを以て悪鬼外道災いを成し難を致すなり矣。  客色を作して曰く 後漢の明帝は金人の夢を悟りて白馬の教を得、上宮太子は守屋の逆を誅して寺塔の構を成す。爾来(それ以後)、上一人より下万民に至るまで仏像を崇め経巻を専らにす。然れば則ち、叡山・南都・園城・東寺・四海・一州・五畿・七道、仏経星のごとく羅り堂宇雲のごとく布けり。鶖子{しゅうし}の族は則ち鷲頭の月を観じ、鶴勒の流れは亦鶏足の風を伝う。誰か一代の教を褊(さみ)し三宝の跡を廃すと謂わん哉。若し其の証有らば委しく其の故を聞かん矣。  主人諭して曰く 仏閣甍を連ね、経蔵軒を竝べ、僧は竹葦の如く、侶は稲麻に似たり。崇重年旧(ふ)り尊貴日に新たなり。但し、法師は諂曲にして人倫に迷惑し、王臣は不覚にして邪正を弁ずること無し。 仁王経に云く_諸の悪比丘、多く名利を求め、国王・太子・王子の前に於て自ら破仏法の因縁・破国の因縁を説かん。其の王別えずして此の語を信聴し、横に法制を作りて仏戒に依らず 云云。 守護経に云く_大王、此の悪沙門は戒を破し悪を行じ、一切族姓の家を汙穢{おわい}し、国王・大臣・官長に向いて真実の沙門を論説し毀謗し、横に是非を言う。乃至、一寺同一国邑の一切の悪事、皆彼の真実の沙門に推与し、国王・大臣・官長を蒙蔽して遂に真実の沙門を駈逐し、尽く国界を出ださしむ。其の破戒の者は自在に遊行して国王・大臣・官長と共に親厚を為さんとす 云云。 又云く_風雨節ならず、旱澇{かんろう}して調はず、飢饉相仍り、寃敵侵擾し、疾疫災難無量百千ならんと 云云。 又云く_釈迦牟尼如来所有の教法は一切の天魔・外道・悪人・五通の神仙も皆、乃至少分をも破壊せず。而るに此の名相ある諸の悪沙門が皆悉く毀滅して余り有ること無からしむ。須弥山の、假使(たとい)三千界の中の草木を尽くして薪と為し長時に焚焼すとも一毫も損すること無きも、若し劫火起これば火は内より生じ、須臾に焼滅して灰燼も余すこと無きが如し 云云。 最勝王経に云く_非法を行ずる者を見て愛敬を生じ、善法を行ずる人に於て苦楚して而も治罰す。悪人を愛敬し善人を治罰するに由るが故に、星宿及び風雨皆時を以て行はれず。 又云く_三十三天の衆咸く忿怒の心を生ず。此に因って国政を損し、諂偽世間に行はれ、悪風起ること恒無く、暴雨時に非ずして下らんと。 又云く_彼の諸の天王衆、共に是の如き言を作さく、此の王は非法を作し、悪輩相親附す。王位久しく安ぜず、諸天皆忿恨す。彼が忿を懐くに由るが故に其の国当に敗亡す。天主は護念せず。余天咸く国土を捨棄し当に滅亡す。王の身は苦厄を受け、父母及び妻子兄弟竝びに姉妹、倶に愛別離に遭い、乃至身は亡歿せん。変怪流星堕ち、二つの日倶時に出て、他方の怨賊来りて国人喪乱に遭はん 云云。 大集経に云く_若しは復諸の刹利の国王で諸の非法を作し、世尊の声聞の弟子を悩乱し、若しは以て毀罵し刀杖をもて打斫し、及び衣鉢・種種の資具を奪ひ、若しは他の給施に留難を作す者有らん。我等彼をして自然に他方の怨敵を卒起せしめ、及び自界の国土にも亦兵起り病疫・飢饉・非時の風雨・闘諍言訟あらしめん。又其王をして久しからずして復当に己が国を亡失せしめんと 云云。 大涅槃経に云く_善男子、如来の正法将に滅尽せんと欲せば爾時に多く行悪の比丘有らん。如来微密の蔵を知らず。譬へば癡賊の真宝を棄捨し、草?を担負するが如し。如来微密の蔵を解らざる故に、是の経の中に於て懈怠して勤めず。哀しいかな、大険当来の世、甚だ怖畏すべし。諸の悪比丘は是の経を抄略して分けて多分と作し、能く正法の色香美味を滅すべし。是の諸の悪人は復是の如き経典を読誦すと雖も、如来の深密の要義を滅除して世間の荘厳文飾無義の語を安置す。前を抄して後ろに著け、後ろを抄して前に著け、前後を中に著け、中を前後に著く。当に知るべし、是の如きの諸の悪比丘は是れ魔の伴侶なりと。 又云く_菩薩は悪象等に於ては心に恐怖すること無かれ。悪知識に於ては怖畏の心を生ぜよ。悪象の為に殺されては三趣に至らず。悪友の為に殺されては必ず三趣に至る 云云。 又云く_我涅槃の後、無量百歳に四道の聖人悉く復涅槃せん。正法滅して後、像法の中に於て当に比丘有るべし。像を持律に似せて少かに経を読誦し、飲食を貧嗜して其の身を長養す。袈裟を著すと雖も、猶お猟師の細めに視て徐に行くが如く、猫の鼠を伺うが如し。常に是の言を唱えん、我羅漢を得たりと。外には賢善を現じ内には貧嫉を懐く。唖法を受くる婆羅門等の如し。実には沙門に非ずして沙門の像を現じ、邪見熾盛にして正法を誹謗せん。 法華経に云く_諸の無智の人 悪口罵詈等し 及び刀杖を加うる者あらん 我等皆当に忍ぶべし 悪世の中の比丘は 邪智にして心諂曲に 未だ得ざるを為(こ)れ得たりと謂い 我慢の心充満せん 或は阿練若に 納衣にして空閑に在って 自ら真の道を行ずと謂い 人間を軽賎する者あらん 利養に貧著するが故に 白衣に法を説きて 世に恭敬せらること 六通の羅漢の如くならん 乃至 常に大衆の中に在って 我等を毀らんと欲するが故に 国王・大臣・婆羅門・居士 及び余の比丘衆に向って 誹謗して我が悪を説いて 是れ邪見の人 外道の論議を説くと謂はん 濁劫悪世の中には 多くの諸の恐怖あらん 悪鬼其の身に入って 我を罵詈毀辱せん 濁世の悪比丘は 仏の方便随宜所説の法を知らず 悪口して顰蹙し 数数擯出されんと 云云。 涅槃経に云く_善男子、一闡提有り。羅漢の像を作して空処に住し、方等大乗経典を誹謗せん。諸の凡夫人は見已って、皆真の阿羅漢、是れ大菩薩なりと謂はん 云云。 般泥洹{おん}経に云く_羅漢に似たる一闡提有りて悪業を行ず。一闡提に似たる阿羅漢ありて慈心を作す。羅漢に似たる一闡提有りとは、是の諸の衆生、方等を誹謗するなり。一闡提に似たる阿羅漢とは、声聞を毀呰し広く方等を説くなり。衆生に語りて言く、我、如来と倶に是れ菩薩なり。所以は何ん。一切皆如来の性有るが故に。然も彼の衆生、一闡提なりと謂はん。 又云く_究竟の処を見ざれば、永く彼の一闡提の輩の究竟の悪を見ず。亦彼の無量の生死究竟の処を見ざるなり 已上経文。 文に就いて世を見るに、誠に以て然なり。悪侶を誡めざれば、豈に善事を成さん哉。  客猶お憤りて曰く 明王は天地に因って化を成し、聖人は理非を察して世を治む。世上の僧侶は天下の帰する所也。悪侶に於いては明王信ずべからず。聖人に非ずんば賢哲は仰ぐべからず。今賢聖の尊重せるを以て則ち龍象の軽からざるを知る。何ぞ妄言を吐きて強ちに誹謗を成さん。誰人を以て悪比丘と謂う哉。委細に聞かんと欲す矣。  主人の曰く 客は疑いに付きて重重の子細有りと雖も繁を厭ふて多事を止め、且く一を出ださん。万を察せよ。後鳥羽院の御宇に法然というもの有り。選択集を作る矣。則ち一代の聖教を破し、遍く十方の衆生を迷わす。 其の選択に云く_道綽禅師は聖道・浄土の二門を立て、聖道を捨てて正しく浄土に帰するの文。初めに聖道門とは、之に就て二有り。乃至、之に准じて之を思うに、応に密大及以び実大をも存ずべし。然れば則ち今の真言・仏心・天台・華厳・三論・法相・地論・摂論・此れ等八家の意、正しく此に在る也。曇鸞法師の往生論註に云く 謹んで龍樹菩薩の十住毘婆沙論を案ずるに云く 菩薩が阿毘跋致を求むるに二種の道有り。一には難行道・二には易行道なり。此の中に難行道とは即ち是れ聖道門也。易行道とは即ち是れ浄土門也。浄土宗の学者は先づ須らく此の旨を知るべし。設い先より聖道門を学ぶ人なりと雖も若し浄土門に於て其の志有らん者は、須らく聖道を棄てて浄土に帰すべし。 又云く_善導和尚は正・雑二行を立てて雑行を捨て正行に帰するの文。第一に読誦雑行とは、上の観経等の往生浄土の経を除きて已外、大小乗顕密の諸経に於て受持読誦するを悉く読誦雑行と名づく。第三に礼拝雑行とは、上の弥陀を礼拝するを除きて已外、一切の諸仏菩薩等、及び諸の世天等に於て礼拝恭敬するを悉く礼拝雑行と名づく。私に云く 此の文を見るに須らく雑を捨てて専を修すべし。豈に百即百生の専修正行を捨てて、堅く千中無一の雑修雑行に執せん乎。行者能く之を思量せよと。 又云く_貞元入蔵録の中に始め大般若経六百巻より法常住経に終わるまで顕密の大乗経は惣じて六百三十七部・二千八百八十三巻也。皆須らく読誦大乗の一句に摂すべし。当に知るべし、随他の前には暫く定散の門を開くと雖も、随自の後には還って定散の門を閉ず。一たび開いて以後永く閉じざるは、唯是れ念仏の一門なりと。 又云く_念仏の行者は必ず三心を具足すべきの文。観無量寿経に云く 同経の疏に云く 問うて曰く 若し解行の不同、邪雑の人等有りて外邪、異見の難を防がん。或は行くこと一分二分にして群賊等と喚び廻すとは、即ち別解・別行・悪見の人等に喩う。私に云く 又云く 此の中に一切の別解・別行・異学・異見等と言うは、是れ聖道門を指すなり。 又最後結句の文に云く_夫れ速やかに生死を離れんと欲せば、二種の勝法の中に且く聖道門を閣きて選んで浄土門に入れ。浄土門に入らんと欲せば、正・雑二行の中に且く諸の雑行を抛ちて選んで応に正行に帰すべし 已上。 之に就いて之を見るに、曇鸞・道綽・善導の謬釈を引いて聖道浄土・難行易行の旨を建て、法華・真言を以て惣じて一代の大乗六百三十七部・二千八百八十三巻、竝びに一切の諸仏菩薩、及び諸の世天等を以て皆聖道・難行・雑行等に摂して、或は捨て、或は閉じ、或は閣き、或は抛つ。此の四字を以て多く一切を迷わし、剰へ三国の聖僧、十方の仏弟を以て皆群賊と号し併せて罵詈せしむ。近くは所依の浄土三部経の唯除五逆誹謗正法の誓文に背き、遠くは一代五時の肝心たる法華経第二の_若し人信ぜずして 此の経を毀謗せば 乃至 其の人命終して 阿鼻獄に入らんの誡文に迷う者也。於是(ここ)に、代は末代に及び人は聖人に非ず。各冥衢に容りて竝びに直道を忘る。悲しい哉、瞳矇を?{う}たず。痛しい哉、徒に邪信を催す。故に上国王より下土民に至るまで、皆経は浄土三部の外の経無く、仏は弥陀三尊の外の仏無しと謂えり。仍って伝教・弘法・慈覚・智証等、或は万里の波涛を渉りて渡せし所の聖教、或は一朝の山川を廻りて崇む所の仏像、若しは高山の巓に華界を建てて以て安置し、若しは深谷の底に蓮宮を起てて以て崇重す。釈迦薬師の光を竝ぶる也。威を現当に施し、虚空地蔵の化を成す也。益を生後に被らしむ。故に国主は郡郷を寄せて以て燈燭を明らかにし、地頭は田園を充て以て供養に備ふ。而るに法然の選択に依って則ち教主を忘れて西土の仏駄を貴び、付属を抛ちて東方の如来を閣き、唯四巻三部の経典を専らにして空しく一代五時の妙典を抛つ。是れを以て弥陀の堂に非ざれば皆供仏の志を止め、念仏の者に非ざれば早く施僧の懐いを忘る。故に仏堂零落して瓦松の煙老い、僧房荒廃して庭草の露深し。然りと雖も各護惜の心を捨てて竝びに建立の思いを廃す。是れを以て住持の聖僧行きて帰らず。守護の善神去りて来ること無し。是れ偏に法然の選択に依る也。悲しい哉、数十年の間、百千万の人が魔縁に蕩(とう)され多く仏教に迷えり。傍を好んで正を忘る。善神怒りを為さざらん哉。円を捨てて偏を好む。悪鬼便りを得ざらん哉。如かず、彼の万祈を修せんより、此の一凶を禁ぜんには矣。  客殊に色を作して曰く 我が本師釈迦文は浄土の三部経を説きたまいてより以来、曇鸞法師は四論の講説を捨てて一向に浄土に帰し、道綽禅師は涅槃の広業を閣きて偏に西方の行業を弘む。善導和尚は法華の雑行を抛ちて観経の専修に入り、恵心僧都は諸経の要文を集めて念仏の一行を宗とし、永観律師は顕密の二門を閉じて念仏の一道に入る。弥陀を貴重すること誠に以て然なり矣。又往生の人其れ幾ばくぞ哉。就中(なかんずく)、法然聖人は幼少にして叡山に昇り、十七にして六十巻に渉り、竝びに八宗を究め具さに大意を得たり。其の外一切の経論を七遍反覆し、章疏伝記究めざること莫く、智は日月に斉しく徳は先師に越えたり。然りと雖も、猶お出離の趣に迷い、涅槃の旨を弁へず。故に遍く覿、悉く鑒み、深く思ひ、遠く慮る。遂に諸経を抛ちて専ら念仏を修す。其の上一夢の霊応を蒙り四裔の親疎に弘む。故に或は勢至の化身と号し、或は善導の再誕と仰ぐ。然れば則ち、十方の貴賎頭を低れ、一朝の男女歩を運ぶ。爾来(それ以後)、春秋推し移り、星霜相積もれり。而るに忝なくも釈尊の教えを疎にして、恣に弥陀の文を譏る。何ぞ近年の災を以て聖代の時に課し、強ちに先師を毀り更に聖人を罵るや。毛を吹きて疵を求め、皮を剪りて血を出だす。昔より今に至るまで、此の如き悪言を未だ見ず。惶るべし慎むべし。罪業至って重し。科條争でか遁れん。対座猶お以て恐れ有り。杖を携えて則ち帰らんと欲す矣。  主人咲み止めて曰く 辛きを蓼葉に習ひ、臭きを溷厠に忘る。善言を聞きて悪言と思い、謗者を指して聖人と謂い、正師を疑いて悪侶に擬す。其の迷い誠に深く、其の罪浅からず。事の起りを聞け。委しく其の趣を談ぜん。 釈尊説法の内、一代五時の間に先後を立てて権実を弁ず。而るに曇鸞・道綽・善導等は既に権に就いて実を忘れ、先に依って後を捨つ。未だ仏教の淵底を探らざる者なり。就中、法然は其の流れを酌むと雖も其の源を知らず。所以は何ん。大乗経六百三十七部・二千八百八十三巻、竝びに一切の諸仏菩薩、及び諸の世天等を以て、捨・閉・閣・抛の四字を置いて一切衆生の心を蕩す。是れ偏に私曲の詞を展べて全く仏経の説を見ず。妄語の至り、悪口の科、言いても比い無く、責めても余り有り。具さに事の心を案ずるに、慈恩・弘法の、三乗真実一乗方便・望後作戯論の邪義に超過し、光宅・法蔵の、涅槃正見法華邪見・寂場本教鷲峯末教の悪見にも勝出せり。大慢婆羅門の蘇生歟。無垢論師の再誕歟。毒蛇を恐怖し悪賊を遠離す。破仏法の因縁、破国の因縁の金言是れ也。而るに人皆其の妄語を信じ悉く彼の選択を貴ぶ。故に浄土の三経を崇めて衆経を抛ち、極楽の一仏を仰ぎて諸仏を忘る。誠に是れ、諸仏諸経の怨敵、聖僧衆人の讎敵也。此の邪教は広く八荒に弘まり周く十方に偏す。抑そも近年の災を以て往代を難するの由、強ちに之を恐る。聊か先例を引いて汝の迷いを悟すべし。 止観の第二に史記を引いて云く_周の末に被髪袒身にして礼度に依らざる者有りと。 弘決の第二に此の文を釈するに左伝を引いて云く_初め平王の東遷するや、伊川に髪を被る者が野に於て祭るを見る。識者の曰く 百年に及ばずして其の礼先づ亡びぬと。爰に知んぬ。徴前に顕れ災い後に致ることを。 又、阮籍逸才にして蓬頭散帯す。後に公卿の子孫、皆之に教(なら)い、奴苟相辱しむる者を方に自然に達すといい、?節{そんせつ}兢持する者を呼んで田舎と為す。司馬氏の滅ぶる相と為す。 又、慈覚大師の入唐巡礼記を案ずるに云く_唐の武宗皇帝會昌元年、敕して章敬寺の鏡霜法師をして諸寺に於て弥陀念仏の教を伝えしむ。寺毎(ごと)に三日巡輪すること絶えず。同二年、回鶻国の軍兵等、唐の堺を侵す。同三年、河北の節度使は忽ち乱を起こす。其の後、大蕃国は更に命を拒み、回鶻国は重ねて地を奪う。凡そ兵乱は秦項の代に同じく、災火は邑里の際に起る。何に況んや武宗大いに仏法を破し、多く寺塔を滅す。乱を撥ること能わずして遂に以て事有り 已上取意。 此れを以て之を惟うに、法然は後鳥羽院の御宇、建仁年中の者也。彼の院の御事は既に眼前に在り。然れば則ち、大唐に例を残し吾が朝に証を顕す。汝疑うこと莫れ、汝恠しむこと莫れ。唯須らく凶を捨てて善に帰し、源を塞ぎ根を截るべし矣。  客聊か和らぎて曰く 未だ淵底を極めざれども数其の趣を知る。但し華洛より柳営に至るまで釈門に樞楗{すうけん}在り、仏家に棟梁在り。然而れども、未だ勘状を進らせず、上奏に及ばず。汝賎身を以て輙く莠言を吐く。其の義余り有り。其の理謂れ無し。  主人の曰く 予、少量為りと雖も忝なくも大乗を学す。蒼蝿は驥尾に附して万里を渡り、碧蘿は松頭に懸かりて千尋を延ぶ。弟子、一仏の子と生れ諸経の王に事う。何ぞ仏法の衰微を見て心情の哀惜を起さざらんや。 法華経に云く_薬王今汝に告ぐ 我が所説の諸経 而も此の経の中に於て 法華最も第一なりと。 又云く_我が所説の経典は無量千万億にして、已に説き今説き当に説かん。而も其の中に於て此の法華経は最も為れ難信難解なりと。 又云く_文殊師利、此の法華経は諸仏如来の秘密の蔵なり。諸経の中に於て最も其の上にありと。 又云く_衆山の中に須弥山為れ第一 ~衆星の中に月天子最も為れ第一 ~又日天子の能く諸の闇を除くが如く ~又大梵天王の一切衆生の父なるが如く ~能く是の経典を受持することあらん者も亦復是の如し、一切衆生の中に於て亦為れ第一なりと。 大涅槃経に云く_若し善比丘ありて法を壊る者を見て、置いて呵責し駈遣し挙処せずんば、当に知るべし、是の人は仏法の中の怨なり。若し能く駈遣し呵責し挙処せば、是れ吾が弟子、真の声聞也と。 法華経に云く_我身命を愛せず 但無上道を惜むと。 大涅槃経に云く_譬へば、王の使いの善能(よ)く談論して方便に巧みなる、命を他国に奉くるに、寧ろ身命を喪うとも終に王の所説の言教を匿さざるがごとし。智者も亦爾なり。凡夫の中に於て身命を惜しまず。かならず大乗方等如来の秘蔵、一切衆生に皆仏性有りと宣説すべし 已上経文。 余、善比丘の身為らずと雖も、仏法中怨の責めを遁れんが為に、唯大綱を撮て粗(ほぼ)一端を示す。其の上、去る元仁年中に延暦・興福の両寺より度々奏聞を経、勅宣御教書を申し下して法然の選択の印板を大講堂に取り上げ、三世の仏恩を報ぜんが為に之を焼失せしむ。法然の墓所に於ては、感神院の犬神人に仰せ付けて破却せしむ。其の門弟、隆観・聖光・成覚・薩生等は遠国に配流し、其の後未だ御勘気を許されず。豈に未だ勘状を進まらせずと云わん也。  客則ち和らぎて曰く 経を下し僧を謗ずること、一人として論じ難し。然而れども、大乗経六百三十七部・二千八百八十三巻、竝びに一切の諸仏・菩薩・及び諸の世天等を以て、捨閉閣抛の四字に載す。詞は勿論也。其の文顕然也。此の瑕瑾を守りて其の誹謗を成す。迷うて言う歟、覚りて語る歟。愚賢弁へず、是非定め難し。但し災難の起りは選択に因るの由、盛んに其の詞を増し、弥いよ其の旨を談ず。所詮、天下泰平・国土安穏は君臣の楽う所、土民の思ふ所也。夫れ国は法に依って昌へ、法は人に因って貴し。国亡び人滅せば、仏を誰か崇むべき。法を誰か信ずべき哉。先づ国家を祈りて須らく仏法を立つべし。若し災を消し難を止むるの術有らば聞かんと欲す。  主人の曰く 余は是れ頑愚にして敢えて賢を存せず。唯経文に就いて聊か所存を述べん。抑そも治術の旨、内外の間、其の文幾多ぞや。具さに挙ぐべきこと難し。但し仏道に入て数愚案を廻らすに、謗法の人を禁じて正道の侶を重んぜば、国中安穏にして天下泰平ならん。 即ち涅槃経に云く_仏の言く 唯一人を除きて余の一切に施せば皆讃歎すべし。純陀問うて言く 云何なるをか名づけて唯除一人と為す。仏の言く 此の経の中に説く所の如きは破戒なり。純陀復言く 我今未だ解せず。唯願くば之を説きたまえ。仏、純陀に語りて言く 破戒とは、謂く一闡提なり。其の余の在所(あらゆる)一切に布施するは皆讃歎すべし。大果報を獲ん。純陀復問いたてまつる 一闡提とは其の義云何。仏の言く 純陀、若し比丘及び比丘尼・優婆塞・優婆夷有りて、麤悪の言を発し正法を誹謗し、是の重業を造りて永く改悔せず、心に懺悔無からん。是の如き等の人を名づけて一闡提の道に趣向すと為す。若し四重を犯し五逆罪を作り、自ら定て是の如き重事を犯すと知れども、心に初(もと)より怖畏・懺悔無く肯て発露せず。彼の正法に於て永く護惜建立の心無く、毀呰軽賎して言に禍咎多からん。是の如き等を亦一闡提の道に趣向すと名づく。唯此の如き一闡提の輩を除きて其の余に施さば一切讃歎すべしと。 又云く_我往昔を念うに、閻浮提に於て大国王と作れり。名を仙豫と曰いき。大乗経典を愛念し敬重し、其の心純善にして麤悪嫉悋有ること無し。善男子、我爾の時に於て心に大乗を重んず。婆羅門の方等を誹謗するを聞き、聞き已て即時に其の命根を断つ。善男子、是の因縁を以て是れより已来、地獄に堕せずと。 又云く_如来は昔国王と為りて菩薩道を行ぜし時、爾所(そこばく)の婆羅門の命を断絶すと。 又云く_殺に三有り。謂く下中上なり。下とは蟻子乃至一切の畜生なり。唯菩薩示現の生者を除く。下殺の因縁を以て地獄・畜生・餓鬼に堕して具さに下の苦を受く。何を以ての故に。是の諸の畜生に微の善根有り。是の故に殺さば具さに罪報を受く。中殺とは凡夫人より阿那含に至るまで、是れを名づけて中と為す。是の業因を以て地獄・餓鬼に堕して具さに中の苦を受く。上殺とは父母、乃至阿羅漢・辟支仏・畢定の菩薩なり。阿鼻大地獄の中に堕す。善男子、若し能く一闡提を殺すこと有らん者は即ち此の三種の殺の中に堕せず。善男子、彼の諸の婆羅門等は一切皆是れ一闡提なりと。 仁王経に云く_仏は波斯匿王に告げたまわく 是の故に諸の国王に付属して、比丘・比丘尼に付属せず。何を以ての故に。王の威力無ければなりと。 涅槃経に云く_今無上の正法を以て諸王・大臣・宰相及び四部の衆に付属す。正法を毀る者をば大臣・四部の衆、応当(まさ)に苦治すべしと。 又云く_仏の言く 迦葉、能く正法を護持する因縁を以ての故に、是の金剛身を成就することを得たり。善男子、正法を護持せん者は五戒を受けず、威儀を修せずして、応に刀剣・弓箭・鉾槊を持すべしと。 又云く_若し五戒を受持すること有らん者は名づけて大乗の人と為すことを得ず。五戒を受けざれども、正法を護るを為すを乃ち大乗と名づく。正法を護る者は、応当に刀剣・器杖を執持すべし。刀杖を持つと雖も我是れ等を説きて名づけて持戒と曰んと。 又云く_善男子、過去の世に此の拘尸那城に於て仏の世に出でたまうこと有りき。歓喜増益如来と号す。仏涅槃の後、正法世に住すること無量億歳なり。余の四十年は仏法未だ滅せず。爾の時に一の持戒の比丘有り。名を覚徳と曰う。爾の時に多く破戒の比丘有り。是の説を作すを聞き、皆悪心を生じ、刀杖を執持して是の法師を逼む。是の時の国王、名を有徳と曰う。是の事を聞き已って護法の為の故に、即便(すなわち)、説法者の所に往至して、是の破戒の諸の悪比丘と極めて共に戦闘す。爾の時に説法者は厄害を免るることを得たり。王、爾の時に於て身に刀剣鉾槊の瘡を被り、体に完き処は芥子の如き計(ばかり)も無し。爾の時に覚徳は尋いで王を讃めて言く 善哉善哉。王は今、真に是れ正法を護る者なり。当来の世に此の身当に無量の法器と為るべし。王は是の時に於て法を聞くことを得已って心大いに歓喜し、尋いで即ち命終して阿?仏{あしゅくぶつ}の国に生ず。而も彼の仏の為に第一の弟子と作る。其の王の将従、人民眷属で戦闘すること有りし者、歓喜すること有りし者、一切菩提の心を退せず。命終して悉く阿?仏{あしゅくぶつ}の国に生ず。覚徳比丘は却って後、寿終わりて亦阿?仏{あしゅくぶつ}の国に往生することを得。而も彼の仏の為に声聞衆の中の第二の弟子と作る。若し正法尽きんと欲すること有らん時、応当に是の如く受持し擁護すべし。迦葉、爾の時の王とは則ち我が身是れなり。説法の比丘は迦葉仏是れなり。迦葉、正法を護る者は是の如き等の無量の果報を得ん。是の因縁を以て、我は今日に於て種種の相を得て以て自ら荘厳し、法身不可壊の身を成ず。仏、迦葉菩薩に告げたまわく、是の故に、法を護らん優婆塞等は応に刀杖を執持して擁護すること是の如くなるべし。善男子、我が涅槃の後、濁悪の世に国土荒乱し互いに相抄掠し人民飢餓せん。爾の時に多く飢餓の為の故に発心出家するもの有らん。是の如きの人を名づけて禿人と為す。是の禿人の輩、正法を護持するを見て、駈逐して出ださしめ、若しは殺し、若しは害せん。是の故に、我は今持戒の人が諸の白衣の刀杖を持つ者に依って、以て伴侶と為すことを聴す。刀杖を持つと雖も、我は是れ等を説きて名づけて持戒と曰はんと。 法華経に云く_若し人信ぜずして 此の経を毀謗せば 則ち一切世間の 仏種を断ぜん 又云く_経を読誦し書持すること 有らん者を見て 軽賎憎嫉して 結恨を懐かん 乃至 其の人命終して 阿鼻獄に入らん 已上経文。 夫れ経文顕然なり。私の詞何ぞ加へん。凡そ法華経の如くんば、大乗経典を謗ずる者は無量の五逆に勝れたり。故に阿鼻大城に堕して永く出づる期無けん。涅槃経の如くんば、設ひ五逆の供を許すとも、謗法の施を許さず。蟻子を殺す者は必ず三悪道に落つ。謗法を禁むる者は定めて不退の位に登る。所謂(いわゆる)、覚徳とは是れ迦葉仏なり。有徳とは則ち釈迦文也。法華・涅槃の経教は一代五時の肝心、八万法蔵の眼目也。其の禁め実に重し。誰か帰仰せざらん哉。而るに謗法の族は正道の人を忘れ、剰へ法然の選択に依って弥いよ愚痴の盲瞽を増す。是れを以て、或は彼の遺体を忍びて木画の像に露し、或は其の妄説を信じて莠言を之模(かた)に彫り、之を海内に弘め之を?外に翫ぶ。仰ぐ所は則ち其の家風。施す所は則ち其の門弟なり。然る間、或は釈迦の手指を切りて弥陀の印相を結び、或は東方如来の鴈宇を改めて西土教主の鵝王を居え、或は四百余回の如法経を止めて浄土の三部経と成し、或は天台大師の講を停めて善導の講と為す。此の如き群類は其れ誠に尽くし難し。是れ破仏に非ず哉。是れ破法に非ず哉。是れ破僧に非ず哉。是れ亡国の因縁に非ず哉。此の邪義は則ち選択に依る也。嗟呼(ああ)悲しい哉、如来誠諦の禁言に背くこと。哀れなり矣、愚侶迷惑の麤語に随ふこと。早く天下の静謐を思わば、須らく国中の謗法を断つべし矣。  客の曰く 若し謗法の輩を断じ、若し仏禁の違を絶せんには、彼の経文の如く斬罪を行うべき歟。若し然らば、殺害相加へ罪業何んが為さん哉。 則ち大集経に云く_頭を剃り袈裟を著せば持戒及び毀戒、天人彼を供養すべし。則ち為(これ)我を供養するなり。是れ我が子なり。若し彼を撾打{かだ}すること有れば、則ち為我が子を打つなり。若し彼を罵辱せば、則ち為我を毀辱するなりと。 仁王経に云く_大王、法末世の時、乃至法に非ず律に非ずして比丘を繋縛すること獄囚の法の如くす。乃至諸の小国の王、自ら此の罪と破国の因縁とを作せば身に自ら之を受けんと。 又大集経に云く_仏言わく 大梵、我今汝が為に且く略して之を説かん。若し人有りて万億の仏の所に於て其の身血を出ださん。意に於て云何。是の人罪を得ること寧ろ多しと為さんや不や。大梵王言く 若し人但一仏の身血を出ださんは、無間の罪を得んこと尚お多く無量にして算数すべからず。阿鼻大地獄の中に堕す。何に況んや具さに万億の諸仏の身血を出ださん者をや。終に能く広く彼の人の罪業果報を説くもの有ること無けん。唯如来を除く。仏言わく 大梵、若し我が為に鬚髪を剃除し、袈裟を著してかたときも禁戒を受けず、受けて而も犯す者を悩乱し、罵辱し、打縛すること有らば、罪を得ること彼よりも多しと。 又云く_刹利国王、及以び諸の事を断ずる者、乃至我が法の中に於て出家する者で大殺生・大偸盗・大非梵行・大妄語、及び余の不善を作すとも、是の如き等の類、乃至若しは鞭打ちする者、理に応ぜず。又、口業罵辱すべからず。一切其の身に罪を加うべからず。若し故に法に違せば、乃至必定して阿鼻地獄に帰趣せんと。 又云く_当来の世に悪の衆生有りて三宝の中に於て少しく善業を作し、若しは布施を行じ、若しは復戒を持ち諸の禅定を修せん。其の是の如き少しばかりの善根を以て諸の国王と作り、愚痴無智にして慙愧有ること無く、?慢{きょうまん}熾盛にして慈愍有ること無く、後世の怖畏すべき事を観ぜず。彼等は我が諸の所有の声聞弟子を悩乱し打縛罵辱して、乃至阿鼻に堕在せんと。 料り知んぬ、善悪を論ぜず、是非を択ぶこと無く僧侶為(た)らんに於ては供養を展ぶべし。何ぞ其の子を打辱して忝なくも其の父を悲哀せしめん。彼の竹杖の目連尊者を害せし也、永く無間の底に沈み、提婆達多の蓮華比丘尼を殺せし也、久しく阿鼻の焔に咽ぶ。先証斯れ明らかなり。後昆最も恐れあり。謗法を誡むるに似て既に禁言を破す。此の事信じ難し、如何(いかん)が意を得ん矣。  主人の曰く 客明らかに経文を見て猶お斯の言を成す。心の及ばざる歟。理の通ぜざる歟。全く仏子を禁むるに非ず。唯偏に謗法を悪む也。汝が上に引く所の経文は、専ら持戒正見・破戒無戒正見の者也。今悪む所は、持戒邪見・破戒破見・無戒悪見の者也。夫れ釈迦以前の仏教には其の罪を斬ると雖も、能忍以後の経説には則ち其の施を止む。此れ又一途也。月氏国の戒日大王は聖人也。其の上首を罰し五天の余黨を誡む。尸那国の宣宗皇帝は賢王也。道士一十二人を誅して九州の仏敵を止む。彼は外道也、道士也。其の罪是れ軽し。之は内道也、仏弟子也。其の罪最も重し。速やかに重科に行へ。然れば則ち、四海万邦一切の四衆は其の悪に施さず。皆此の善に帰せば何なる難か竝び起り、何なる災か競ひ来たらん矣。  客則ち席を避け襟を刷いて曰く 仏教斯れ区にして旨趣窮め難し。不審多端にして理非明らかならず。但し法然聖人の選択現在也。諸仏・諸経・法華経の教主釈尊・諸菩薩・諸天・天照太神・正八幡等を以て捨閉閣抛の悪言を載す。其の文顕然也。茲に因って聖人国を去り善神所を捨つ。天下飢渇し世上疫病す等。今、主人は広く経文を引いて明らかに理非を示す。故に妄執は既に飜り、耳目数朗かなり。所詮、国土泰平天下安穏は一人より万民に至るまで好む所也、楽ふ所也。早く一闡提の施を止めて謗法の根を切り、永く衆の僧尼の供を致して智者の足を頂き、仏海の白浪を収めて宝山の緑林を截らば、世は羲農の世と成り、国は唐虞の国と為らん。然して後、顕密の浅深を斟酌し、真言・法華の勝劣を分別し、仏家の棟梁を崇重し、一乗の元意を開発せん矣。  主人悦んで曰く 鳩化して鷹と為り、雀変じて蛤と為る。悦ばしい哉。汝は蘭室の友に交わり麻畝の性と成る。誠に其の難を顧みて専ら此の言を信ぜば、風和らぎ浪静かにして、不日に豊年ならん耳。但し人の心は時に随って移り、物の性は境に依って改まる。譬へば水中の月の波に動き、陳前の軍の剣に靡くが猶し(ごとし)。汝は当座に信ずと雖も後定めて永く忘れん。若し先づ国土を安んじて現当を祈らんと欲せば、速やかに情慮を廻らし忩{いそ}ぎて対治を加へよ。所以は何ん。薬師経の七難の内、五難は忽ちに起り二難は猶お残れり。所以、他国侵逼の難・自界叛逆の難也。大集経の三災の内、二災は早く顕れ一災は未だ起こらず。所以、兵革の災なり。金光明経の内、種々の災過が一一起ると雖も、他方の怨賊が国内を侵掠する、此の災未だ露れず、此の難未だ来たらず。仁王経の七難の内、六難今盛んにして一難未だ現れず。所以、四方の賊来たりて国を侵すの難也。加之、国土乱れん時は先ず鬼神乱る。鬼神乱るるが故に万民乱ると云云。 今此の文に就いて具さに事の情を案ずるに、百鬼早く乱れ万民多く亡ぶ。先難是れ明らかなり。後災何ぞ疑はん。若し残る所の二難、悪法の科に依って竝び起り競ひ来らば其の時何か為さん哉。帝王は国家を基として天下を治め、人臣は田園を領して世上を保つ。而るに他方の賊来りて我が国を侵し、自界叛逆して此の地を掠領せば、豈に驚かざらん哉、豈に騒がざらん哉。国を失ひ家を滅せば何れの所に世を遁れん。汝須らく一身の安堵を思わば先づ四表の静謐を祈るべき者歟。就中、人の世に在るや各後生を恐る。是れを以て或は邪教を信じ、或は謗法を貴ぶ。各是非に迷うことを悪むと雖も、猶お仏法に帰することを哀れむ。何ぞ同じく信心の力を以て妄りに邪義の詞を宗めん哉。若し執心飜らず、亦曲意猶お存ぜば、早く有為の郷を辞して必ず無間の獄に堕ちなん。 所以に大集経に云く_若し国王有りて無量世に於て施戒慧を修すとも、我が法の滅せんを見て捨てて擁護せずんば、是の如く種うる所の無量の善根は悉く皆滅失し、乃至其の王久しからずして当に重病に遇い、寿終の後大地獄に生ずべし。王の如く夫人・太子・大臣・城主・柱師・郡主・宰官も亦復是の如くならん 仁王経に云く_人、仏教を壊らば復孝子無く、六親不和にして天神も祐けず。疾疫悪鬼は日に来りて侵害し、災怪首尾し、連禍縦横し、死して地獄・餓鬼・畜生に入らん。若し出でて人と為らば兵奴の果報ならん。響きの如く影の如く、人の夜書するに火は滅すれども字は存するが如く、三界の果報も亦復是の如し。 大品経に云く_破法の業因縁集まるが故に、無量百千万億歳大地獄の中に堕つ。是の破法人の輩、一大地獄より一大地獄に至り、若し劫火起こらん時は他方の大地獄の中に至り、彼の間に生在せん。一大地獄より一大地獄に至り、乃至是の如く十方に遍ぜん。乃至重罪転た薄く、或は人身を得れば、盲人の家に生まれ、旃陀羅の家に生まれ、厠を除き、死人を担ふ種種の下賎の家に生まれん。若しは無眼、若しは一眼、若しは眼瞎・無舌・無耳・無手ならんと。 大集経に云く_大王、当来の世に於て若し刹利・婆羅門・毘舎・首陀有らん。乃至、他の施す所を奪ふ。而も彼の愚人、現身の中に於て二十種の大悪果報を得ん。何者か二十なる。一には諸天善神皆悉く遠離せん。四には怨憎悪人は同じく共に聚会せん。六には心狂痴乱し恒に?遶{さんにょう?}多し。十一には愛する所の人、悉く皆離別せん。十五には所有の財物五家分散せん。十六には常に重病に遇わん。二十には常に糞穢に処し、乃至命終す。命終の後阿鼻地獄に堕せんと。 又云く_曠野無水の処に居在して、生じては便ち眼無く又手足無けん。四方の熱風来りて其の身に触れ、形体楚毒にして猶お剣をもて切るが如し。宛転して地に在り、苦悩を受くること是の如く百千種の苦あり。然して後、命終して大海の中に生まれて宍揣の身を受く。其の形長大にして百由旬に満つ。然も彼の罪人所居の処、其の身の外面に於て一由旬の中に満てる熱水、然も融銅のごとく、無量百千歳を逕て飛禽走獣競ひ来りて之を食む。乃至、其の罪漸く薄らぎ出でて人と為ることを得れば、無仏の国、五濁の刹中に生ぜん。生まれながらにして盲なり。諸根具せず。身形醜悪にして人は見ることを喜ばず。 六波羅蜜経に云く_今地獄に在りて現に衆の苦を受け、十三の火の纏嬈する所と為る。二の火焔有りて足より入り頂に徹して出ず。復二の焔有りて頂より入りて足に通じて出ず。復二焔有り、背より入りて胸より出ず。復二焔有り、胸より入りて背より出ず。復二焔有り、左の脇より入りて右の脇を穿ち出ず。復二焔有り、右の脇より入りて左の脇を穿ちて出ず。復一焔有り、首より纏い下りて足に至る。然るに此の地獄の諸の衆生の身は、其の形耎弱なること熟蘇の如く、彼の衆火に交絡焚熱と為る。其の地獄の火の燒くこと人間の火の?華{じょうけ?}を燒くが如く、復余燼無しと。 大涅槃経に云く_善友を遠離し正法を聞かずして悪法に住する者は、是の因縁の故に沈没して阿鼻地獄に在り。受くる所の身形は縦横八万四千ならんと。 妙法蓮華経の第二に云く_若し人信ぜずして 此の経を毀謗せば 則ち一切世間の 仏種を断ぜん 或は復顰蹙して 疑惑を懐かん 乃至 経を読誦し書持すること 有らん者を見て 軽賎憎嫉して 結恨を懐かん 此の人の罪報を 汝今復聴け 其の人命終して 阿鼻獄に入らん 一劫を具足して 劫尽きなば更(また)生れん 是の如く展転して 無数劫に至らん 乃至 此に於て死し已って 更に蟒身を受けん 其の形長大にして 五百由旬ならんと。 又同第七に云く_四衆の中に瞋恚を生じて心不浄なる有り。悪口罵詈して言く 是の無知の比丘、 ~衆人、或は杖木瓦石を以て之を打擲す、 ~千劫阿鼻地獄に於て大苦悩を受くと 已上。 広く衆経を披きたるに専ら謗法を重んず。悲哉、日本国皆正法の門を出でて、深く邪謗の獄に入る。愚かなり矣。上下万人、各悪教の綱に懸かりて鎮へに謗教の網に纒はる。此の朦霧の迷い、彼の盛焔の底に沈む。是に愁へざらん哉。豈に苦しからざらん哉。汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国也。仏国其れ衰へん哉。十方は悉く宝土也。宝土何ぞ壊れん哉。国に衰微無く土に破壊無くんば、身は是れ安全にして心は是れ禅定ならん。此の詞此の言、信ずべし崇むべし矣。  客の曰く 今生後生、誰か慎まざらん、誰か和せざらん。此の経文を披きて具さに仏語を承るに、誹謗の科至て重く毀法の罪誠に深し。我一仏を信じて諸仏を抛ち、三部経を仰ぎて諸経を閣く。是れ私曲の思いに非ず、則ち先達の詞に随いしなり。十方の諸人も亦復是の如し。今世には性心を労し、来生には阿鼻に堕せんこと、文明らかに理詳らかなり。疑ふべからず。弥いよ貴公の慈誨を仰ぎ、益ます愚客の癡心を開ん。速やかに対治を廻らして早く泰平を致し、先づ生前を安んじ更に没後を扶けん。唯我信ずるのみに非ず。又他の誤りを誡めん耳。