人間死んだら無になる?ー邪見とは

人間死んだら無に帰す」「灰塵に帰すのみ」と一部の人は考えているが、この考え方は間違っている。

もし全ての人間が死んで無に帰るのなら、なぜ人間が生まれるときには、手の無い者、足の無い者、盲目の者、醜い者、美しい者…などのあらゆる差別があって生まれてくるのだろう。

もし全ての生き物が、「無」と言う共通のものに帰り、「無」と言う共通のものから発生するなら……一切の生き物は皆違いのない共通のものとなるべきである。もちろんそうなってはいない。
周りを見渡せば、様々な生き物の様々な差別のあることを簡単に認識できる。
それは全て、前世の業が生き物によってそれぞれ違うからである。
現世でも、「あの人が刑務所に入っているのは、以前、悪事を働いたからその報いだ」ということは簡単に考えられるだろう?

あるキリスト者が言うように、神が「お前は動物として、お前は人間として生まれるべきだ…」と自由に決めているのなら、その生き物が生前に行った善悪は一切考慮されないということになる。
もし「どんな生き物に生まれるかは全て神が決めているのだ」という主張を信じるなら、ある人はこう考えるだろう。

「私が死んだ後、何に生まれるかは全て神様が決めるのだから、今生きている間にどんなに悪いことや善いことをしようが関係ない。むしろ、快楽を得んがために世間で悪と言われていることを好きなだけしようではないか

このような考えを起こしてしまったら犯罪を助長して、社会に迷惑をかけて大きな苦しみを受けるだろう。
この考え方は誤っている。なぜ誤っているのかというと人を苦しめるからである。人を苦しめることは間違っている。

実際に善よりも悪を多く行ったにも関わらず、神がその人の生前の悪業を無視して天国に生まれることを決めるのならおかしい。
実際には悪よりも善を多く行ったにも関わらず、神が地獄に生まれることを決定するならこれもおかしい。

もし神が、当人の生前の善悪の業を正確に考量して、次に何に生まれ、どこで生まれるかを決めるのなら、何故その神は一度でも、例えば原初だけ、その生き物が人間として生まれることを勝手に決めることができるのか。

以上、私の文は分かりにくいと思うが、とにかく「死んだ人間が皆等しく無に帰す」というのは誤りであることを分かって欲しい。
もしこの考えを広めて信じ込むなら、自殺を助長して社会に迷惑をかけ、様々な苦しみを引き起こすだろう。
「これが本当だ」と思っているあなたの考えが、自分と他人を苦しめるものであれば、それは誤った考えである。

もし人々が「人間死んだら皆等しく無に帰す」という誤った考えを捨てて、今生きている間に作っている善悪の報いは死後も消えることは無く、後世に引き継がれることを認めるなら、
現世をしっかりと見つめ行いを慎んで、自分も人も社会も苦しめず安楽に過ごすことができるだろう。
正しい考えは犯罪を防ぎ、社会を安定させ、多くの楽しみを生むのだ。

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