末法に入って約千年経過。
今、我が国の仏法はあらゆる悪人によって、攻撃され、破壊されつつあります。白法隠没の時代です。
こんな時代に生まれて世間を嘆きつつも、偶々日蓮という善知識に遇い、仏法を知り、諸々の正邪を多少は判断できるようになれました。
そのご恩に報い、一声挙げないわけにはいかないと思い記事を執筆することにしました。
破外道 「我思う故に我あり」の誤り―外道が提唱する「我」は一切存在しない=無我
我思う、故に我あり。デカルト『方法序説』善男子よ、諸もろの外道が専念を以ての故に「我」有りと知るが若し。専念の性は実には我に非ざるなり。若し専念を以て我性と為さば、過去の事には則ち忘失有らん。忘失有るが故に、定かに我無しと知る。善男子よ、諸...
未分類 肉食について
夫れ肉を食う者は、大慈の種を断つ。『大般涅槃経』巻第四涅槃経にあるように、確かに肉食は大慈を断じてしまう悪行だが、かといって、現代ではそれほど重視すべき戒めではない。頻繁ではないが、私は肉を食べる。そもそも肉食はそれほど大きな罪業ではない。...
大乗守護 無量義経も間違いなく仏説
昨今の学会では、無量義経は梵語の原典が失われているから仏説ではない、偽経であると主張している。なので、仏教をかじった者の中には、その妄説に引っかかって「無量義経は偽経なんだ」との見方をしてしまっている者が多い。確かに、私が今頃原典をどこかで...
創価学会 創価学会とは(3)
南無妙法蓮華経をお勤めとして唱える教団は多い。その中でも創価学会が最も勢力を持っているせいで、一般の人たちの間で、「南無妙法蓮華経といえば創価学会」「日蓮といえば創価学会」という認識が醸成されている。そのため、私のように無所属の人間が純粋に...
自筆論文 日蓮派へのよくある批判について
日蓮の教義を信奉している者へ投げ掛けられる、諸々の批判についての回答をまとめてみた。日蓮派は極端である。膨大な仏教の中から一つのことだけを絶対視し、その他を誤りと責めている(一を是とし、諸を非とする)が、その姿勢は宗教者として相応しいだろう...
大乗守護 法華経は仏説である(2)
前回の記事、法華経は仏説である(1)の主張を読んだ方で、そもそも君は法華経が真実であるという前提で論じているじゃないかまずは仏説であるという証拠を目に見える形で示してから真実であると主張しろ。でないと、納得できないというような批判をされる方...
自筆論文 日蓮宗(身延派)について
私が創価学会などを糾弾しながらも、法華経と日蓮は擁護しているから、ある人は私を日蓮宗などの伝統宗派に属している人間と思われるかもしれない。断っておくが、既存の伝統宗派とは全く関わりはない。そもそも日蓮宗なんか頼りにならない。釈迦を本仏とし、...
破外道 「創造主」の邪義(2)―創造主は絶対にいない
「この世界を始めに創造した者」「この世界の仕組みを設計した者」「人間などの生き物を始めに創造した者」「人体の生体システムを設計した者」……これらを創造した人格者はいません。絶対にいません。ある創造論者は、「人体や自然の仕組みは素晴らしい!こ...
自筆論文 弘法大師 空海は全く尊敬に値しない人物であること
世間の評価弘法大師、空海を好む人は多い。現代でもとかく人気がある。ただ、人気があるからといって本当に尊敬すべき人物であるかは別です。僧侶などの宗教家を好き嫌いで選んではいけません。ただ、その人の言っていることが理に適っているか、行っているこ...
仏法解説 輪廻は「有る」「無い」で語るものではなく、輪廻する「業」があるから輪廻するのである
世間の人は死後の問題、輪廻の話題になるとこういう疑問を投げ掛けることが多い。「人は輪廻するのだろうか」「そもそも輪廻は有るのか」「あなたは輪廻を信じる?信じない?」こういう論題に陥って不毛な議論を続けて正確な結論を得られないで終止してしまう...
