女人について

仏は女人は往生成仏すべからずと説かせ給ひけるは妄語と聞こえたり。妙法華経の文に_世尊法久後 要当説真実〔世尊は法久しゅうして後 要ず当に真実を説きたもうべし〕。妙法華経 乃至 皆是真実と申す文を以て之を思ふには女人の往生成仏決定と説かるゝ法華経の文は実語不妄語戒と見たり。

『薬王品得意抄』

龍女と申せし小蛇を現身に仏になしましましき。此の時こそ一切の男子の仏になる事をば疑ふ者は候はざりしか。されば此の経は女人成仏を手本としてとかれたりと申す
<中略>
日本一切の女人は法華経より外の一切経には女人成仏せずと嫌ふとも、法華経にだにも女人成仏ゆるされなばなにかくるしかるべき。
<中略>
 但法華経計りこそ女人成仏、悲母の恩を報ずる実の報恩経にては候へと見候ひしかば、悲母の恩を報ぜんために此の経の題目を一切の女人に唱へさせんと願す。

『千日尼御前御返事』

女人は五障三従と申して、世間出世に嫌はれ一代の聖教に捨てられ畢んぬ。唯法華経計りに古曾龍女が仏に成り、諸の尼の記・はさづけられて候ぬれば、一切の女人は此の経を捨てさせ給ひては何れの経をか持たせ給ふべき。
<中略>
 謗法無くして此の経を持つ女人は十方虚空に充満せる慳貪・嫉妬・瞋恚・十悪・五逆なりとも、草木の露の大風にあえるなるべし。<中略>女人と生まれて百悪身に備ふるも、根本此の経誹謗の罪より起れり。

『善無畏鈔』

龍女が成仏は末代の女人の成仏往生の道をふみあけたるなるべし。<中略>女人成仏の時悲母の成仏も顕れ、達多の悪人成仏の時慈父の成仏も顕るれ。此の経(法華経)は内典の孝経也。

『開目抄』

諸経に嫌われたりし女人を文殊師利菩薩の妙の一字を説き給いしかば忽ちに仏になりき。
<中略>
法華経を信ずる女人も亦復是の如く、直に西方浄土へ入るべし。是れ妙の一字の徳也。妙とは蘇生の義也。蘇生と申すはよみがえる義也。
<中略>
女人は在世正像末総じて一切の諸仏の一切経の中に法華経をはなれて仏になるべからざる事を、霊山の聴衆として道場開悟し給える天台智者大師定めて云く ̄他経但記男不記女 今経皆記〔他経は但男に記して女に記せず 今経は皆記す〕云云。
<中略>
 而るに当世の女人は即身成仏こそかたからめ、往生極楽は法華を憑まば疑いなし。
<中略>
 而るに日本国の一切の女人は南無妙法蓮華経とは唱えずして、女人の往生成仏をとげざる双観経等によりて、弥陀の名号を一日に六万遍十万遍なんどとなうるは、仏の名号なれば巧みなるにはにたれども、女人不成仏不往生の経によれる故にいたづらに他の財を数えたる女人なり。これひとえに悪知識にたぼらかされたるなり。されば日本国の一切の女人の御かたきは虎狼よりも山財海賊よりも父母の敵とわり等よりも、法華経をばおしえずして念仏等をおしうるこそ一切の女人の御かたきなれ

『法華題目抄』

法華経は諸経に漏れたる愚者・悪人・女人・常没の闡提等を摂したもう。

『守護国家論』

法華経の薬王品に云く_有能受持。是経典者。亦復如是。於一切衆生中。亦為第一〔能く是の経典を受持することあらん者も亦復是の如し。一切衆生の中に於て亦為れ第一なり〕。文の意は法華経を持つ人は男ならば何なる田夫にても候へ、三界の主たる大梵天王・釈提桓因・四大天王・転輪聖王・乃至漢土・日本の国主等にも勝れたり。何に況んや日本国の大臣・公卿・源平の侍・百姓等に勝れたる事申すに及ばず。女人ならば・尸迦女・吉祥天女・漢の李夫人・楊貴妃等の無量無辺の一切の女人に勝れたりと説かれて候

『松野殿御消息』

法華経に云く_若人為仏故 建立諸形像〔若し人仏の為の故に 諸の形像を建立し〕 ~ 如是諸人等 皆已成仏道〔是の如き諸人等 皆已に仏道を成じき〕云云。文の心は一切の女人釈迦仏を造り奉れば、現在には日々月々の大小の難を払ひ、後生には必ず仏になるべしと申す文也。
『日眼女釈迦仏供養事』

されば女人の御身として、かゝる濁世末代に、法華経を供養しましませば、梵王も天眼を以て御覧じ、帝釈は掌を合わせてをがまさせ給ひ、地神は御足をいただきて喜び、釈迦仏は霊山より御手をのべて御頂をなでさせ給ふらん。
『松野殿女房御返事』

 然るに善男子善女人此の法華経を持ち、南無妙法蓮華経と唱へ奉らば、此の三罪(三悪道)を脱るべしと説き給へり。何事か是れにしかん。たのもしきかな、たのもしきかな。又五の巻に云く_我闡大乗教 度脱苦衆生〔我大乗の教を闡いて 苦の衆生を度脱せん〕と。心はわれ大乗の教をひらいてとは法華経を申す。苦の衆生とは地獄の衆生にもあらず、餓鬼道の衆生にもあらず、只女人を指して苦の衆生とは名づけたり。五障三従と申して、三つしたがふ事有りて、五つの障りあり。龍女は我と女人の身を受けて女人の苦をつみしれり。然らば余をば知るべからず、女人を導かんと誓へり。
『主師親御書』

法華経には女人成仏之あり。真言経にはすべて是れなし。法華経には悪人の成仏之あり。真言経には全くなし。何を以てか法華経に勝れたりと云ふべき。
『是名五郎太郎殿御返事』

 妙法蓮華経の御本尊供養候ぬ。此曼陀羅は、文字は五字七字にて候へども、三世諸仏の御師、一切の女人の成仏の印文也。
<中略>
されば此良薬(南無妙法蓮華経)を持たん女人等をば此四人の大菩薩前後左右に立そひて、此女人たゝせ給へば此大菩薩も立せ給ふ。乃至此女人道を行く時は此菩薩も道を行き給ふ。譬へばかげと身と水と魚と、声とひびきと月と光との如し。此四大菩薩南無妙法蓮華経と唱たてまつる女人をはなるるならば、釈迦、多宝、十方分身の諸仏の御勘気を此菩薩の身に蒙らせ給べし。提婆よりも罪深く瞿伽利よりも大妄語のものたるべしとをぼしめすべし。あら
悦ばしや、あら悦ばしや。
『妙法曼荼羅供養事』

法華経こそ女人成仏する経なれば、八歳の龍女成仏し、仏の姨母キョウ曇弥、耶輸陀羅比丘記別にあづかりぬ。されば我等が母は但女人の体にてこそ候へ。畜生にもあらず、蛇身にもあらず。八歳の龍女だにも仏になる、如何ぞ此経の力にて我母の仏にならざるべき。
『上野殿御消息(本門取要鈔 与南条氏書)』

 而るに女人の御身として法華経の御命をつがせ給ふは釈迦・多宝・十方の諸仏の御父母の御命をつがせ給ふなり。
『日女御前御返事』

女人は夫を魂とす、夫なければ女人魂なし。
≪中略≫
法華経は女人の御ためには、暗きにともしび(灯)海に船、おそろしき所にはまほりとなるべきよし、ちかはせ(誓)給へり。
『 乙御前御消息(与日妙尼書)』

心なき女人の身には仏住み給はず。法華経を持つ女人は澄める水の如し、釈迦仏の月宿らせ給ふ。
『松野殿女房御返事』

 女人となる事は物に随って物を随える身也。夫たのしくば妻もさかうべし。夫盗人ならば妻も盗人なるべし。是れ偏に今生計りの事にはあらず。世世生生に影と身と、華と果と、根と葉との如くにておわするぞかし。木にすむ虫は木をは(食)む、水にある魚は水をくらう。芝かるれば蘭あく、松さかうれば柏よろこぶ。草木すら是の如し。比翼と申す鳥は身は一つにて頭二つあり。二つの口より入る物一身を養う。ひほく(比目)と申す魚は一目ずつある故に一生が間はなるる事なし。夫と妻とは是の如し。此の法門のゆえには設い夫に害せらるるとも悔ゆる事なかれ。一同して夫の心をいさめば龍女が跡をつぎ、末代悪世の女人の成仏の手本と成り給うべし。此の如くおわさば設いいかなる事ありとも、日蓮が二聖・二天・十羅刹・釈迦・多宝に申して順次生に仏になしたてまつるべし。_心の師とはなるとも心を師とせざれとは、六波羅蜜経の文なり。設いいかなるわずらわしき事ありとも夢になして、只法華経の事のみさわぐらせ給うべし
『兄弟鈔』

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