(記事分割)仏法用語

八部衆

天上の神々。天人。諸天。
欲界は六欲天。色界は四禅天。四禅天の中に五那含天(五浄居天)が含まれる。無色界は説明を省きます。
色界には梵天衆、欲界の地居天(須弥山までの第二天)には釈天衆がいる。
梵天衆の中でも梵王は世界のあるじ。釈天衆の中でも帝釈天は地居天の主。皆仏が出世したときに転法輪を請う。

十種の特性

天人の世界には十の特別な性質がある。

  1. 天人が行動するとき、その往来に限りがない。
  2. 妨げるものもない。
  3. 行動に遅い速いの差がない。
  4. 天人が歩むときは足跡が残らない。
  5. 天人の身体は形があるが影がない。
  6. 身体の疲れを感じることがない。
  7. 大小便をしない。
  8. 鼻水や唾を出さない。
  9. その身体は清らかで微妙であり、皮肉・筋脈・脂肪・血液・骨・髄がない。
  10. その身体で、長短や色、大きさや細かさなどを現したいと思えば思いのままにそれができる。しかもすべて美しく、端厳で比類なく、人を愛しく楽しませる。

すべての天人の身体にはこの十の不可思議な性質がある。
また、天人の身体は充実して満ち足りており、歯は白く美しく揃い、髪は青くして整い、柔らかで潤いがある。
光明を発し神通力を備える。虚空を翔けて飛び、目は瞬きをしない。瓔珞は自然に備わり、衣には汚れや皮脂が付かない。

龍は蛇に似て、畜生道に属す。西洋でいうドラゴン。
竜の主な住処は海底で、諸天と同じような七宝の宮殿に住んでいる。龍は神通を持ち、身の形を変えて端正な人となることもできる。
寿命は約一劫。

夜叉

ヤシャ。俗にいう鬼。夜叉は「軽疾(軽快で速い)」という意味である。それはよく飛行するためである。夜叉は皆鬼道に属し、三種類ある。

  1. 地上に住む者
  2. 空中に住む者
  3. 諸天の使いとなる者

前世に戒を破り、怨みなどの悪毒を心に懐いていたため、鬼神の身を受ける。
しかし、夜叉の中でも修行(乗)をしていた者は、仏を見、法を聞き、三宝に与る。
布施を僅かに行ったため、その僅かな果報を得る。
空を飛ぶことができるのは、前世に馬や車を施したためである。

餓鬼

餓鬼には無数の種類がある。大まかに三十六種に分類される。
全ての餓鬼は、慳貪・嫉妬といった因縁によってその世界に生まれる。悪業の報いとして、飢えと渇きの苦しみが自らを焼く。
女人は餓鬼道に生まれることが多い。なぜなら、女は貪欲と嫉妬が男よりも強いからである。女は心が狭く軽率であるから男に及ばない。このような縁によって餓鬼の世界に生まれることが多い。
餓鬼道の一日一夜は人間世界の十年に相当する。このようにして五百年を生きるが、寿命に定まりは無い。

餓鬼の所在は大きく二つに分類される。
一つは人間の世界に住む餓鬼、二つは餓鬼の世界に住む餓鬼である。

  1. 人間の世界に住む餓鬼は、人が夜道を行くとき出会うことがある。(俗に幽霊と呼ばれるもの)
  2. 餓鬼の世界は閻浮提の地下五百由旬の所にあり、その広さは三万六千由旬。その他にも無数の餓鬼の仲間がおり、その数は計り知れない。
    彼らは様々な悪業によって閻浮提の近くかその遠くに生息している。

三十六種のうち一部の餓鬼を解説。

食血餓鬼(夜叉)

この餓鬼は嘗て人間であった時、血肉を含んだ食べ物を好んで貪り、心は吝嗇で嫉妬深く、冗談めかして悪を行い、殺生して血を飲み、妻子にも施さなかった。このような悪人は死後、血食餓鬼に生まれる。
この身を受けると、人々は皆これを「夜叉」と呼び供養して仕える。
泥に血を塗って祭祀を行う。彼らはその血を吸うとさらに人に恐怖を与える。
この鬼はしばしば祈願や祭祀を人に要求するので、人々はこれを「霊神」として語る。
こうした供養を受けて自ら命をつないで生きる。寿命は先の通り五百年である。

このような餓鬼は様々な妖怪(俗にいう心霊現象)をなすが、悪業が尽きない限り鬼の身を脱することはできない。命が尽きても業に従って生死の苦しみを絶え間なく受ける。
もし人の身を得れば旃陀羅の家に生まれ、人の肉を食べることになる。これは悪業の余残によるものである。

「霊神」と呼ばれ、血を備える儀式で崇められる神があるが、全て鬼の類である。
人の願いを叶えたり勢力を与えたりすることもあるが、要求はさらに深刻になり、最終的に不幸な結末になることが多い。

食肉餓鬼

肉を食らう餓鬼はどのような業によってそこに生まれたのか。
この衆生は前世に嫉妬と悪しき貪りの心で自らを覆い、衆生の肉を切り分けて一片一片を計り、売買において詐欺を行った。
実際は少ないのに多いと偽り、安い物を高いと偽る。このような悪人は命終して悪道に堕ち、肉を食らう餓鬼に生まれる。

この夜叉鬼は四つ辻や路地、街路や市場の店、あるいは城内の僧の住む場所や天の祭祀の場に生まれる。
その姿は醜く恐ろしいが神通力を持つ。なぜ神通を備えているかというと、前世にその性質は軽軟で、多くの悪は為さずに不浄の施しを行ったためである。この因縁があって神通力を得るのである。
また、牛や羊、鹿などの様々な肉をもって人に施しの会を設ける。この業の縁によって神力を得る。
こうしてその鬼は悪業が尽きず、壊れず朽ちない間はその身を脱することができない。命終の後は業に従って流転し、生死の苦しみを受ける。 人の身を得ることはとても難しい。
わずかな善業によって人間に生まれても、辺境の地に堕ちたり、旃陀羅や蛮族のような人々となったりして、人肉を食らう。 残余の業の報いである。

疾行餓鬼(速く動く餓鬼)

もし衆生で不浄な行いをする者がいれば、この餓鬼はその者を悩ませ、自らの姿を現して恐怖を与え隙を伺う。
あるいは悪夢を見せて恐怖を与える。また、墓場を歩き回り死体のそばを好む。その身は火に燃え、煙と炎が共に立ち上っている。
もし世間に疫病が流行って死者が多く出れば、この鬼は心から喜ぶ。
もし悪しき呪文が唱えられば召喚されてすぐにやって来る。そして、衆生に不利益をもたらす。
その動きは非常に速く、一念のうちに百千由旬の彼方へも達するほどである。そのため、疾行餓鬼と呼ばれる。

世の愚かな人々は皆これを供養し、「大力神通の夜叉である」と称する。
このように様々な災いを人にもたらし、人々を怖がらせる。
悪業が尽きず壊れず朽ちない限りその身を脱することはできないが、業が尽きれば脱する。その命が終われば業に従って流転し、生死の苦しみを受ける。
もし人間に生まれれば呪術師の家に生まれ、諸々の鬼神に属し鬼神の祠を守ることとなる。業の残余の報いである。

羅刹(梵羅刹)

この餓鬼は前世において、生命を殺して大規模な祭祀を行い、それを珍しいこととして人に誇った。
また、飯食を売買する際、安く仕入れて高く売り、貪欲と嫉妬のために人を破滅に至らしめた。
このような因縁があって餓鬼の中に堕ちる。婆羅門羅刹餓鬼と呼ばれ、飢えと渇きのため火がその身を焼き、走り回っては人の姿を現し、生命を殺す。
あるいは空き家や辻、十字路に留まって人を害する機会をうかがう。 多くの婆羅門が殺生の祭祀を行うと、その中に生まれることが多い。

あるいは自らの姿を隠したり、人の身体に入ったりしてその命を断つ。
呪術を行う者や霊媒師は言う。「鬼神が人に取り憑いた!」と。
人の身に入るとその心を乱し、狂わせて無知にさせる。

このような悪業を常に行い、飢えと渇きに身を焼かれ、自ら大きな苦しみを受ける。
悪業が朽ちない限りそこから逃れられない。
業が尽きて命が終わると、残った業の因縁によって人の中に生まれるが、常に人肉を食べたり人の血を飲んだりして自活する。 残業の故、このような報いを受ける。

乾闥婆

ケンダツバ。「嗅香」や「香陰」ともいう。天帝の俗楽神である。
乾闥婆も夜叉と同じように空を飛んだり変化したりすることができる。酒肉は食わず、ただ香気を取り入れて自活する。十宝山に住でおり、天帝のために伎楽を奏でる。
布施を行っていたため天人と同等の果報を得るが、前世に伎楽を好んで持戒が疎かだったため、この神となる。

阿修羅

アシュラ。旧くは「無酒」や「身大」とも訳される。四天下の華を集めて海で酒を醸そうとしたが、魚や龍の業力のためできなかったので、「無酒」といわれる。
また「非天」という。此の神の果報は最勝にして諸天に次ぐが、天の徳が無いので非天という。
また「不端正」ともいう。ただ、阿修羅王から生まれた娘の舎脂シャシだけは絶世の美しさで、その他の眷属は皆醜いため、「不端正」と言われる。阿修羅の眷属は一部を除いて皆醜い。また、男は醜く女は端正である。故に不端正という。
阿修羅には二種類ある。鬼道に属する者は大海の辺に住み、畜生道に属する者は大海の底に住む。
前世に嫉妬を懐いて他を悩ましたが故、阿修羅には常に恐怖が絶えない。
寿命は三十三天と等しいが中夭もある。身長は一由旬。

須彌山王の上下の諸層はいずれも五十由旬の厚さがある。その海中の諸層は全て阿修羅の住処である。
この阿修羅は諸天の五つの事物を得ようとする因縁により、攻め伐ちに行く。
その五つは、一に天の甘露、二に諸天の平地、三に諸天の園林、四に諸天の国邑、五に諸天の童女である。
諸天もまた、彼らの五つの事物を得ようとして、阿修羅を撃ちに行く。
一に阿修羅の甘露、二に修羅の平地、三に修羅の園林、四に修羅の国邑、五に修羅の童女である。

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迦樓羅

カルラ。金翅鳥コンジチョウと訳す。畜生道に属す。龍を食す。四天下の大樹の上に住む。
慢心が多かったためこの悪道に堕ちたが、布施を行っていたため首に如意宝珠が付いている。
寿命は約一劫。

緊那羅

キンナラ。「疑神」という。また「真陀羅」とも訳す。天帝の法楽神、管弦楽の神である。
姿は人に似るが、頭上に角が一つがある。そのため、これらは人・非人と言われる。
彼らは十宝山に住む。身に異変があればただちに天帝のもとに上って音楽を奏でる。果報は乾闥婆にやや劣る。
前世に音楽を好んだため、鬼神道に生まれて楽神となる。功徳を僅かに修めたため、その僅かな果報を得る。

摩睺羅伽

マゴラカ。これはおろちの神である。また「地龍」ともいう。
無足にして腹で這う神である。俗にいう祠の神。
人が供養のため、祠に捧げられた酒や肉は全て蟒の腹に入る。
邪悪で諂い、酒肉を貪り瞋ることが多く、布施は僅かで持戒が疎かだったため、この鬼神の身となる。
多嗔の報いとして、身体に虫が入って噛み食われるという苦悩を受ける。

参考:『法華文句』『法華文句記』『華厳経』『維摩経略疏』『大智度論』『倶舎論』『立世阿毘曇論』『起世経』『正法念処経』

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