念仏は無間地獄に堕ちること(8)

弥三郎殿御返事  建治三年 八月四日

是は無智の俗にて候へども、承り候しに、貴く思い進らせ候しは、法華の第二の巻に〔今此三界〕とかや申す文にて候也。此文の意は、今此の日本国は釈迦仏の御領也。天照太神・八幡大菩薩・神武天皇等の一切の神・国主並に万民までも釈迦仏の御所領の内なる上、此の仏は我等衆生に三の故御坐す大恩の仏なり。一には国主也、二には師匠也、三には親父也。此三徳を備え給う事は十方の仏の中に唯釈迦仏計り也。
 されば今の日本国の一切衆生は、設い釈迦仏にねんごろに仕うる事、当時の阿弥陀仏の如くすとも、又他仏を並べて同じ様にもてなし進らせば大なるとが也。譬えば、我が主の而も智者にて御坐さんを他国の王に思い替えて、日本国にすみながら漢土・高麗の王を重んじて、日本国の王におろそかならんをば、此の国の大王いみじと申す者ならんや。
 況や日本国の諸僧は一人もなく、釈迦如来の御弟子として頭をそり衣を著たり。阿弥陀仏の弟子にはあらぬぞかし。然るに、釈迦堂・法華堂・画像・木像・法華経一部も持ち候わぬ僧共が、三徳全く備わり給える釈迦仏をば閣きて、一徳もなき阿弥陀仏を国こぞりて郷・村・家ごとに人の数よりも多く立てならべ、阿弥陀仏の名号を一向に申して、一日に六万、八万なんどす。打ち見て候所はあら貴や貴やと見え候えども、法華経を以て見進らせ候えば、中々日々に十悪を造る悪人よりも過重きは善人なり。
 悪人はいずれの仏にもよりまいらせ候わねば思い替わる辺もなし。若し又善人とも成ば法華経に付き進らすることもや有りなん。日本国の人々は何にも阿弥陀仏より釈迦仏、念仏よりも法華経を重くしたしく心よせに思い進らせぬること難かるべし。されば、此の人々は善人に似て悪人也。悪人の中には一閻浮提第一の大謗法の者、大闡提の人也。釈迦仏、此の人をば法華経の二の巻に〔其の人命終して 阿鼻獄に入らん〕と定めさせ給えり。
 されば、今の日本国の諸僧等は、提婆達多・瞿伽梨尊者にも過ぎたる大悪人なり。又在家の人々は此等を貴み供養し給う故に、此の国眼前に無間地獄と変じて、諸人、現身に大飢渇・大疫病、先代になき大苦を受くる上、他国より責めらるべし。此れは偏に梵天・帝釈・日月等の御はからい也。
 かかる事をば日本国には但日蓮一人計り知りて、始めは云うべき歟云うまじき歟とうらおもいけれども、さりとては何にすべき、一切衆生の父母たる上、仏の仰せを背くべき歟。我が身こそ何様いかようにもならめと思いて云い出せしかば、二十余年所をおわれ、弟子等を殺され、我が身も疵を蒙り、二度まで流され、結句は頸切られんとす。是偏に、日本国の一切衆生の大苦にあわんを兼ねて知りて歎き候也。
 されば、心あらん人々は我等が為にと思食すべし。若し恩を知り心有らん人々は、二つ当たらん杖には一つは替わるべき事ぞかし。さこそ無からめ、還りて怨をなしなんどせらるる事は心得ず候。又在家の人々の能も聞きほどかずして、或は所を追い、或は弟子等を怨まるる心えぬさよ。設い知らずとも誤りて現の親を敵ぞと思いたがえて詈り、或は打ち殺したらんは何に科を免るべき。
 此の人々は我があらぎ(荒気)をば知らずして、日蓮があらぎのように思えり。譬えば物ねたみする女の眼を瞋らかしてとわり(遊女)をにら(睨)むれば、己が気色のうとましきをば知らずして、還りてとわりのまなこおそろしと云うがごとし。
 此等の事は偏に国主の御尋ねなき故也。又、何なれば御尋ねなきぞと申すに、此の国の人々餘り(に)科多くして、一定今生には他国に責められ、後生には無間地獄に堕つべき悪業の定まりたるが故也と、経文歴々と候しかば信じ進らせて候。此の事は各々設い我等が如くなる云うにかいなき者共を責めおどし、或は所を追わせ給い候とも、よも終には只は候わじ。此の御房の御心をば設い天照太神・正八幡もよも随えさせ給い候わじ。まして凡夫をや。されば、度々の大事にもおくする心なく、弥よ強盛に御坐すと承り候と、加様のすじに申し給うべし。
 さて、その法師物申さば、取り返して、「さて申しつる事は僻事歟」と返して、「釈迦仏は親也、師也、主也と申す文、法華経には候歟」と問うて、「有り」と申さば、「さて、阿弥陀仏は御房の親・主・師と申す経文は候歟」と責めて、「無し」と云わんずる歟、又「有り」と云わんずる歟。若し「さる経文有り」と申さば、「御房の父は二人歟」と責め給え。又「無し」といわば、「さては、御房は親をば捨てて、何に他人をもてなすぞ」と責め給え。其の上法華経は他経には似させ給わねばこそとて、〔四十余年〕等の文を引かるべし。〔即往安楽〕の文にかからば、「さて、此には先ずつまり給える事は承伏歟」と責めて、「それも」とて又申すべし。
 構えて構えて所領を惜しみ、妻子を顧りみ、又人を憑みてあやぶむ事無かれ。
 但偏に思い切るべし。今年の世間を鏡とせよ。若干の人の死ぬるに今まで生きて有りつるは、此の事にあわん為也けり。此れこそ宇治川を渡せし所よ。これこそ勢多を渡せし所よ。名を揚ぐるか名をくだすか也。人身は受け難く、法華経は信じ難しとは是なり。釈迦・多宝・十方の仏来集して我が身に入りかわり、我を助け給えと観念せさせ給うべし。
 地頭のもとに召さるる事あらば、まずは此の趣を能く能く申さるべく候。恐々謹言。

  建治三年 丁丑 八月四日    日蓮 花押
 弥三郎殿 御返事

コメント

タイトルとURLをコピーしました