大乗は仏説(2)の文章は攻撃的、感情的で過激に映るかもしれません。
ですが、仏弟子として、仏教を信じる者として、大乗を否定する発言は許せないのです。
大乗や法華経を悪く言っている文章を見ると、腸が煮えくり返る思いになるのです。
其の心は皆悉く大乗を敬重し、大乗に安住し、深く大乗を解し、大乗を愛楽し、大乗を守護し、
『大般涅槃経』序品第一
言葉は乱暴ですが、すべて護法の心を持っての上です。
涅槃経にはさらに、
若し善比丘あて法を壊る者を見て、置いて呵責し駈遣し挙処せずんば、当に知るべし、是の人は仏法の中の怨なり。若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子真の声聞也
長寿品
とあります。
「正法である大乗を破壊する者を見て、そのまま見逃して責めないなら仏法中の怨と成り、破法者と共に大地獄に生ずべし」ということです。
その罪を聞いて恐れずにはおれず、微々たるものですがその過ちを責めている次第です。
これからも続けます。
ほんの僅かですが、私も大小の経論に目を通して、小乗よりも大乗の教えの重要性、ありがたさは、比べ物にならないということを知っています。
大乗を謗じる罪は計り知れないという事も耳にしております。誰がその罪を恐れないでいられましょう?
ただ、破法の者がおれば「折伏を行じて力あれば威勢を以ってその邪義を責めよ」と日蓮師は仰っています。
賢慧菩薩の法性論に云く〔愚かにして正法を信ぜず、邪見及び憍慢なれば過去の謗法の障なり。不了義に執著し、供養恭敬に著し唯邪法を見て善知識を遠離し、謗法の者、小乗の法に楽著する、是の如き等の衆生に親近し、大乗を信ぜざる故に諸仏の法を謗ず。智者は怨家・邪火毒・因陀羅・霹靂・刀杖・諸の悪獣・虎・狼・師子等を畏るべからず。彼は但能く命を断じて、人をして畏るべき阿鼻獄に入らしむることあたはず。畏るべきは深法を謗ずると及び謗法の知識なり。決定して人をして畏るべき阿鼻獄に入らしむ。
日蓮『富木殿御書』
<中略>
夫れ、賢人は案(安)きに居て危きを欲ひ 寧(佞)人は危きに居て案(安)を欲ふ。大火は小水を畏怖し、大樹は小鳥に値ひて枝を折らる。智人は恐怖すべし、大乗を謗ずる故に。
仏は迦葉に告げたまわく、「若し有るひとが是の大涅槃経を聞きて『我れは菩提心を発こすを用いず』と言いて正法を誹謗せば、是の人は即ちに夢中に於て羅刹の像を見、心中に怖懅れん。羅刹は語りて言わく、『咄、善男子よ、汝は今、若し菩提心を発こさずんば、当に汝が命を断つべし』と。是の人は惶怖れ覚め已りて即ちに菩提の心を発こさん。是の人が命終して、若し三趣に在り、及び人天に在りて続いて復た菩提の心を憶念せば、当に是の人は大菩薩摩訶薩なりと知るべし。是の義を以ての故に、是の大涅槃の威神の力は、能く未だ菩提心を発こさざる者をして菩提の因と作らしむ。
菩薩品第十六
善男子よ、是れを菩薩の発心の因縁と名づく。因縁無きには非ず。是の義を以ての故に、大乗の妙典は真に仏の所説なり。



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