仏法用語(器世間)

三界

欲界

欲界の「欲」には四種ある。情欲・色欲・食欲・婬欲である。
欲界はこの四欲をすべて備え、色欲だけ弱く微細であるため欲界と名付けられる。

色界

色界には二種の欲がある。情欲・色欲である。
色界は色欲が強く情欲が弱いため、色界と名付けられる。

無色界

無色界には情欲の一種しかない。
無色界は色欲がなく情欲も劣っているため、無色界と名付けられる。

四天下

須弥山の四方をめぐる人間が住む世界。

閻浮提

エンブダイ。南贍部洲ナンセンブシュウ。『閻浮』という名の樹があり、この樹に因んでその名が付いている。
閻浮提のみ寿命の増減がある。
この州の人民の顔は、上が広く下が狭い。(頭部が広く、顎が細い)
人寿八万歳の時代より百年の時まで、南天下は未だ果を見ずして因を修す。故に、閻浮提のみ仏が出生する地である。

閻浮樹

その樹は閻浮提の地の北辺に生え、泥民陀羅河の南岸にある。ちょうど洲の中央にあり、樹の株の中央から東西の角までそれぞれ一千由旬の長さがある。高さは百由旬。根元の太さは縦横七由旬である。
この樹が生長すると、形も姿も整って愛らしく、枝葉は互いに覆い合い、密で厚く葉が多く、長く留まっても枯れ落ちず、あらゆる風雨も侵入することができない。
この木の下に、二十由旬の高さに達する閻浮那檀金エンブナダイゴンの塊がある。この優れた黄金が閻浮樹の下にあるため、閻浮那檀金と呼ばれている。

国土

閻浮提は広大。東の果ては二千由旬、西と北の果てもそれぞれ二千由旬だが、南の果てはわずか三由旬。周囲は六千三由旬で、その形は車のよう。
閻浮提には山と川があり、その間に多くの国々が点在している。

他の三天下より勝っていること

南閻浮提には瞿陀尼などの三天下や諸天に勝ることが五つある。それは、

  • 勇健であること
  • 正念があること
  • 仏が生まれる場所であること
  • 修行に適した土地であること
  • 梵行を行う場所であること

である。

弗婆提

ホツバダイ。東勝身洲トウショウシンシュウとも。南洲に勝るが故にこの名が付く。富んでいて寿命は三百年ある。
この州の人民の顔は半月のよう。

国土

東弗毘提は最も広大で、幅は二千三百三十三由旬と三分の一由旬、周囲は七千由旬。多くの島々がある。
地形は丸く、満月のよう。
多くの山があり、川は一つだけ。
その山々の間に国々が置かれ、人々は豊かで楽しみに満ち、盗賊もおらず、賢く善良な人々が国中に満ちている。

瞿陀尼

クダニ。西牛貨洲サイゴケシュウとも。珠宝と午羊が多い。そのため牛を通貨とする。故に牛貨洲という。
寿命は二百年。
この州の人民の顔は満月のよう。

国土

西瞿耶尼は広大で、幅は二千三百三十三由旬と三分の一由旬、周囲は七千由旬。
地形は丸く、川はあるが山は無い。
その川の間に国々が並び、人々は豊かで楽しみに満ち、盗賊もおらず、賢く善良な人々で満たされている。

鬱単越

ウッタンノツ。北倶盧洲ホククルシュウとも。ここの人間は我心が無く、臣属を伴わないので貴賤(身分)の区別がない。
他の三州は中夭があるが、この州だけは千年と定まっている。四州の中で最も裕福である。
この州の人民の顔は四角い池のよう。

国土

北の鬱単越は広大で、東の果ては二千由旬、西の果ても二千由旬。南北も同様で、周囲は八千由旬である。
金山の城壁に囲まれ、大地は黄金で昼夜を問わず常に明るい。

四つの徳

この鬱単越の地には四つの徳がある。

  1. 平等
    平等というのは、その国土には穴や窪みがなく、洞穴もなく、傾いた場所もなく、高低もなく、泥滑(泥地やぬかめり)もない。故に平等という。
  2. 寂静
    寂静というのは、獅子、虎、豹、熊、毒蛇、蜂など人を害するものがいないこと。故に寂静という。
  3. 清浄
    清浄というのは、死体、死んだ蛇、死んだ犬などの不浄なものがなく、もし人々が大小の用を足そうとすると、地面が自動で割れてそれを呑み込み、入った後は元に戻る。故に清浄という。
  4. 無刺
    無刺というのは、棘のある木や臭気のある木がない。故に無刺という。
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中州

四大州にはそれぞれ二つの中州が附属し、そこにも人が住むという。
これら八つの中洲に住む人々の姿は小さく、まるでこの世界の小人(こびと)のようだと説かれる。ある説では、七つの洲には人が住み、遮末羅洲だけは羅刹が住んでいるといわれる。

この八つの中洲には、さらにそれぞれ五百の小洲が属している。
その中には人が住んでいる場所もあれば、人間ではない者(鬼神など)が住んでいる場所もあり、また無人の空の洲もあるといわれる。

方位について

東弗婆提の東方は閻浮提の北方、東弗婆提の西方は南閻浮提の南方、東弗婆提の北方は閻浮提の西方、東弗婆提の南方は閻浮提の東方にあたる。北欝単越と西瞿耶尼も同様。
南閻浮提と北欝単越では方位が反対になる。東弗婆提と西瞿耶尼でも同様。
閻浮提で日が昇る時に欝単越では日が沈み、東弗婆提では正中、西瞿耶尼では真夜中にあたる。
この一つの天下の四時は、日の運行によって異なる。

十宝山

ジュッポウセン。十宝山とは、

  1. 雪山(一切の薬を集める)
  2. 香山(一切の香を集める)
  3. 軻黎羅山(華を集める)
  4. 仙聖山(五通の者を集める)
  5. 由乾陀山(夜叉を集める)
  6. 馬耳山(妙果(素晴らしい果実)を集める)
  7. 尼民陀山(龍を集める)
  8. 斫迦羅山(自在を集める)
  9. 宿慧山(阿修羅を集める)
  10. 須弥山(諸天を集める)

である。それぞれの山には「王」という名がつく。
須弥山以外は金でできている。
※五通の者とは、五神通のある者。自在とは、諸々の大力ある者をいう。

須弥山

シュミセン。安明山と訳す。標高は八万四千由旬、海面下の深さも同じ距離。
東西南北の四つの側面があり、東側は純金、西側は白銀、北側は瑠璃(るり)、南側は玻璃(はり)の四宝でできている。すべての側面は、様々な宝で飾られている。
中腹までが四天王天、上部が忉利天となっている。

忉利天

須弥山の頂上の天で三十三天と訳される。
中央の最も平らで優れた場所に喜見城(善見大城)があり、帝釈天が住む。
喜見城の周囲は一万由旬。四面にそれぞれ八城が有る。喜見城を含めて三十三となる。

妙法堂(善法堂)

喜見城の西北の角、門の敷居から外へ二十由旬のところに、善法堂がある。
直径三十由旬、周囲九十由旬、高さ四十五由旬で、すべて瑠璃でできており、地面は柔らかく滑らかで、多くの宝で埋め尽くされている。

この善法堂で、帝釈は四天王などの諸天と共に世間の善悪を協議する。
四天王の大臣たちは八日に一度天下を巡り、 四天王の太子たちは十四日に世間を観察する。
十五日は最も勝れた時であり、四天王は良い評判を好むため、 自ら世間を行き様々な善悪を観察する。

なぜこの堂を善法堂と呼ぶのか。それは、諸天がここに集まり、多くが仏を称え、法を称え、僧を称え、世の中の正邪を分別(考量)し、様々な出世の道を説くからである。
他の楽園などの場所ではこのようなことがない。だからこそ、この地を善法堂と呼ぶ。

立世阿毘曇論 (佛说立世阿毘昙论) · 八天住処品 (8 天住处品) – 如是我聞
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摩尼宝珠

マニホウジュ。如意宝珠ともいう。定まった色はなく、清徹・軽妙にして、四天下の物を全て照らし現わす。

有る人の言わく、『此の宝珠は、龍王の脳中より出で、人、此の珠を得れば、毒も、害する能わず、火に入りても、焼く能わず。是の如き等の功徳なり』と。
有る人の言わく、『是れ帝釈の執る所の金鋼にして、阿修羅と闘う時に用い、閻浮提に砕け落つ』と。
有る人の言わく、『諸の過去の久遠の仏の舎利なり。法既に滅し尽くすに、舎利変じて、此の珠と成り、以って衆生を益するなり』と。
有る人の言わく、『衆生の福徳の因縁の故に、自然に此の珠有り。譬えば罪の因縁の故に、地獄中に自然に、治罪の器有るが如し』と。
此の宝珠を、如意と名づけ、定まりたる色有ること無く、清徹、軽妙にして、四天下の物を皆、悉く照らし現わす。如意珠の義は、先に説けるが如し。
是の宝は、常に能く、一切の宝物、衣服、飲食を出し、意の欲する所に随うて、悉く、能く之に与え、亦た能く、諸の衰悩、病苦等を除く。

『大智度論』 巻第五十九上

大海には『普照明浄蔵』という名の摩尼宝がある。
この宝の光が衆生の身に触れると全て同じ色となる。それを見る者はその眼がたちまち清らかになる。その光の照らすところには「目佉宝」という雨が降り、すべての場所に満ち溢れ、無量の衆生に利益をあたえ安楽にする。

また、大海には『一切世間荘厳如意摩尼宝王』と呼ばれる宝がある。それは百万もの功徳を備える。
その宝がとどまるところでは、あらゆる衆生の苦しみや悩みはすべて除かれ、願うところは全て満たされる。
しかし、その摩尼宝王は、福の少ない衆生には見ることができない。

また、大海には四種の宝珠がある。これらの四種の宝はすべて大海の中から生まれ、あらゆる宝もこの宝がなければ海中のすべての宝は失われてしまう。
その四種とは、第一に「衆宝積聚」、第二に「無尽宝蔵」、第三に「熾然を遠離する」、第四に「一切荘厳聚」である。これが四種の宝である。
この四種の宝は、すべての阿修羅や迦楼羅、諸々の龍神なども決して見ることができない。
なぜなら、沙伽羅龍王が密かに深い宝の蔵に納めているからである。この四種の宝は端正で厳かである。

また、大海には燃え輝く四つの大いなる宝がある。
これらの四つの宝はすべて、果てしない大海の水を消し尽くすことができる。
その四つとは、第一を「日蔵光明大宝」といい、第二を「離潤光明大宝」といい、第三を「火珠光明大宝」といい、第四を「究竟無余光明大宝」と呼ばれる。
もし大海にこれらの四つの宝がなければ、四天下、金剛囲山、そして非想非非想処に至るまで全て流されて沈み漂うだろう。
この日蔵光明大宝は海水をすべて酪に変え、離潤光明大宝は酪の海をすべて酥に変えて、火珠光明大宝は酥の海をすべて燃やし、究竟無余光明大宝は酥の海をさらに完全に燃やし尽くして余すところがない。

藥王樹

雪山の頂上に『薬王樹』という木がある。その木は根から生じたのでもなく、根から生じないのでもない。
この薬王樹は六百八十万由旬もの深さから、金剛地(大地の最下層)を越え、水輪の上際に至るまで根を張っている。
この薬王樹が根を張るとき、閻浮提のすべての木々の根が生じる。茎を伸ばすときは閻浮提のすべての木々が茎を伸ばす。枝・葉・花・実をつけるときも同様にすべての木々がそれらを生じる。
この薬王樹は根が茎を生じ、茎が根を生じる。それゆえ、『根から生じたのでもなく、根から生じないのでもない』と呼ばれる。
この薬王樹は、あらゆる場所で成長するが、ただ二つの場所だけは除かれる。
それは、地獄の深い穴と水輪の中である。そこでは成長できない。
しかし、大いなる薬王樹は成長する本性を決して捨てない。

また、雪山には『善現』という名の大いなる薬王がある。
それを目にした者は眼が清らかになる。それを耳にした者は耳が清らかになる。その香りを嗅いだ者は鼻が清らかになる。味を嘗めた者は舌が清らかになる。触れた者は身が清らかになる。
さらに、それがある所の土を取るだけでも、無数の病を取り除き、安らかな快楽を得る。

参考経典

『法華文句』『法華文句記』『華厳経』『維摩経略疏』『大智度論』『倶舎論』『立世阿毘曇論』『起世経』『正法念処経』『法苑珠林』

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