大地平面(巷のフラットアース)を仏典から捕捉

中村氏が提唱している大地平面論を立証するため、仏教経典から当該箇所を引用してさらに補足する。

釈尊の言証

日行天を「外道説爲日曜等」とは、外人又北方の星は沒せざる者なりと計す。
又『立世阿毘曇』に「外道、大地恒に去ること息まず」と計するもの有り。佛破して云く、「物をなげうって前に向くるに物應に後に向くべし。
又有るが計して云く「地恒に墜下す」と。佛言く「物を擲って上に向くるに應に地に至らざるべし」と。
有るが計す「星は移らずして地自ら動転すと。佛言く「射るに應に堋に至らざるべし。

『法華玄義釋籤』巻第十

現代語訳:外道の人は北極星は不動だと決めつけている。
また、立世阿毘曇にはこう説かれる、

ある外道は、「大地は常に離れていって静止していない」と決め付けている。
仏は論破して曰く「それなら、物を前に向かって投げれば戻ってくるはずである」

また、ある外道は言う「大地は常に下降している」と。
仏曰く「物を上方に投げれば、まさに落ちてこなくなるはずである」

また、ある外道はこう推し量る「星々は移動せずに、大地が自ら回っているのだ」と。
仏曰く「物を発射すれば、的に至らないはずである」

訳が自己流で拙いのだが文意をとらえて欲しい。
この『立世阿毘曇』という論書にある説法は非常に単純だが真相を突いているといえよう。
我々が踏みしめている大地は球体ではなく平面です。動いているのは大地ではなく、天体です。

こちらが立世阿毘曇の原文です。

有諸外道。作如是說。是大地界。恒去不息。是言應答。此事不然。若實爾者。如人擲前。物應落後。又諸外道作如是說。是大地界。恒墜向下。是言應答。此事不然。若實爾者。如向上擲。應不至地。又諸外道作如是說。日月星辰。恒住不移。大地自轉。疑是天迴。是言應答。此事不然。若如是者。射不至堋。又諸外道作如是說。大地恒浮。隨風來去。應如是答。此事不然。若實爾者。地恒併動。若不爾者。地作何相。地住不動。如是義者。諸佛世尊已說。

『佛說立世阿毘曇論』
如是我聞による翻訳を要約:諸々の外道はこのように説く。「この大地は常に去りて止まない」と。
この主張に対してはこう答えるべきである。「そうではない。もし本当にそうならば、人が前に物を投げれば、物は後ろに落ちるはずである」と。
また、諸々の外道はこのように説く。「この大地は常に下へ墜ちている」と。
「これもそうではない。もし本当にそうならば、上へ物を投げれば、地に至らないはずである」と。
また、諸々の外道はこのように説く。「日月星辰は常に住して動かず、大地が自ら回転するので、天が回っていると疑うのだ」と。
「そうではない。もしそうならば、矢を放てば的まで届かないはずである」と。
また、諸々の外道はこのように説く。「大地は常に浮かんでいて、風に従って来たり去ったりする」と。
「そうではない。もしそうならば、地は常に揺れ動いているはずである」と。
もしそうでないならば、地はどのような相をなしているのか?地は動かずに住しているのである」
これらの義を諸仏世尊は説かれた。

次に、日行天は須彌山を遶って宮殿に住す。外道は説いて、日曜及び星宿と為す。略して三十六億ありと説く。昔七戒を持して増上果を得せしむ。風輪に持せらる。
此の日行等の大天は二大天と与なり。謂く、提頭頼吒・毘沙門なり。四天下に遊び空中に遊戲し、五欲の楽を受けて意の如く自ら娯しむ。
日行は須彌山を遶る。隨って何れの方にか在り。山に影の現ずること有れば、人説いて夜と為す。風輪に北方の星を持して輪轉して没せず。外道は辰星の没せざる見て、其の能く一切世間の国土を持すと謂いて、風力の所為なることを知らざるなり。

『妙法蓮華経玄義』巻第四
現代語訳:次に、日天子(日の神)は天上の宮殿に住んでおり、須弥山の周りを巡りながら移動する。外道はこれを「太陽」や「星宿(星座)」だと説いており、おおまかに三十六億の存在があるとしている。
昔、これらの存在は七つの戒め(七戒)を守っていたため、非常に優れた果報を得た。日天子やそれに属する天は、風輪(気圧)によって支えられている。
この日天子などの大いなる神々と、さらにそれに並ぶ二柱の大天(四天王)、すなわち提頭頼吒(持国天や毘沙門天)は四天下を自由に巡り、空中を遊行し五欲を享受して自らの意のままに楽しむ。
日天子は須弥山の周りを巡るため、どの方向にあっても山の反対側には影が差し、それによって人々は「夜になった」と言う。
また、風輪が北方の星(北極星)を支えており、それが回転し続けて沈むことがないため、外道はこの星が全ての世界や国土を支えていると思い込んでいるが、実際にはこれは風の力(気圧)によるものである。
※このように、外道(他宗教・現代天文学)はわずかにしか知らないのである。(正法念処経巻第十九より補足

参考動画


世界の形

参考:小乗部ー『立世阿毘曇』 『倶舎論』 『起世経』 『正法念処経』
   大乗部ー『涅槃経』『華厳経』『天台法華三大部』

平面であるこの世界は、銅の燭台、また陶芸家のロクロのような形になっている。
ちょうど燭台の外縁が盛り上がっているように、鉄囲山が一世界を囲んでいるのもそのようである。
燭台の中央が高く聳えているように、世界の中央には須弥山王が聳え立っている。

須弥山

須弥山の形は、中腹から次第に大きくなり上が広くなっている。
端正で真っ直ぐであり、まるで、工匠(大工)が縄と墨を用いて板や柱を巧みに切り出したようである。
巨大で堅固、色形は美しく、あるゆる山の中でも特別に素晴らしく、最も優れて見るに値する。

須弥山王の底は平らで、根軸は大地にある大金輪にしっかりと繋がれている。
山の下半分は水中に入ること八万由旬、上半分が水上に突き出すこと八万由旬であり、山の四方はそれぞれ八万由旬あり、周囲は三十二万由旬である。

四大州と大海

中央の須弥山から果ての鉄囲山まで、その中間に八つの海がある。前の七つを内海といい、第八を外海という。
最も内側の大海は須弥海と呼ばれ、深さ八万由旬、広さ四万由旬(或は八万由旬)である。一辺の長さは十六万由旬、周囲は六十四万由旬である。

第八の塩海(大海)の最果てに鉄囲という山があって、一世界を輪のようにぐるりと囲んでいる。
その山は水中に入ること三百十二由旬半、水上にも同じ高さで聳える。広さも同じで周囲は三十六億一万三百五十由旬である。

須弥山の周りに八つの山々があって囲んでいる。
その一つ、尼民陀山の端から鉄囲山の端まで、三億六万三千二百八十八由旬ある。尼民陀海の端から鉄囲山の端まで、三億六万二千六百六十三由旬である。
閻浮提の南の端から鉄囲山まで、三億六万六百六十三由旬の距離である。閻浮提の中央から西瞿耶尼の中央まで、三億六万六千由旬である。南剡浮提の北の端から北欝単越の北の端まで、四億七万七千五百由旬である。
日光が四天下を廻る経度(直径)は七億二万一千二百由旬、周回は二十一億六万三千六百由旬である。
鉄囲山の水際の西端から鉄囲山の水際の東端まで、直線距離で十二億二千八百二十五由旬、鉄囲山の水際の周囲は四十六億八千四百七十五由旬である。

四天下、一世界の直径は約十二億由旬で、円周が約四十七億由旬ということ。
日月の周回距離はその約半分である。

方位と時間帯の違い

この世界に昼と夜があるのはなぜか?それは、太陽の運行によって生じる。
欲界は本来暗黒である。日月は須弥山の周りを遊行し、その方向の反対側に影が現れる。これを人々は夜と呼ぶ。

須弥山王は四天下の中央にある。どうして須弥山が四天下の北辺にあるとだけ言えるだろうか?
東弗婆提の東方は閻浮提の北方、東弗婆提の西方は南閻浮提の南方、東弗婆提の北方は閻浮提の西方、東弗婆提の南方は閻浮提の東方にあたる。北欝単越と西瞿耶尼も同様である。
四天下の方位はそれぞれ異なる。
そのため、閻浮提で日が昇る時に欝単越では日が沈み、東弗婆提では正中、西瞿耶尼では真夜中にあたる。

この須弥山の頂上の端から隣の世界の須弥山の頂上の端まで、十二億三千四百五十由旬である。
須弥山の中央から隣の須弥山の中央まで、十二億八万三千四百五十由旬である。
須弥山の根元から隣の須弥山の根元まで、十二億三千十五由旬である。

空はなぜ青いのか

須弥山は四つの宝でできている。北面は金、東面は銀、南面は瑠璃、西面は頗胝迦(水晶)。(七宝という説もある)
日がその面を照らすに随って、その宝の色が空に反射される。
故に、須弥山の南面に位置する我々が住んでいる閻浮提の空は、瑠璃の青きを反射して青いのである。

疑問

時差と白夜の問題

須弥山を中心とする四天下の世界で考えた場合、我々が住んでいるこの五大陸で時差があるのはどうしてだろう。
北極に須弥山か黒山が存在するのか。
南北アメリカやアフリカが瞿陀尼や弗婆提であるとは考えられない。
瞿陀尼人や弗婆提人は、閻浮提人とは寿命や生活が全く異なるからだ。
そう考えると、閻浮提内で時差があるのが不思議で仕方ない。

北方の地域で白夜があるから、巷の平面論者がいうように、「昼夜は日が向こう側に遠ざかって光が届かなくなるために発生する」というのも分からなくもない。
もし仏典の通りに山が遮って影(夜)になると考えると、白夜の説明がつかない。
だとしても、須弥山は存在する。須弥山による夜の発生は否定されない。

太陽と月の実体

太陽と月の正体は一体何か。
フラットアースの人が現在検証中の太陽と月の実体は、仏典を探らない限り決して掴めない。
「ホログラム・幻影・プラズマ・前文明の遺跡・監視装置・機械…」などという仮説が挙がっているが、全て邪説。

  • 大地は平面である
  • 動いているのは天体

この2点にばかりこだわり、そこから発展しないのが彼らの難点。
それは、未だに科学的な考証を用いて世界を解明しようとする見地から抜け出せないでいるからだ。
我々が学校で学んだ現代の物理学、天文学は、フリーメーソンが設えた偽りの学問である。
引力(重力)の存在が証明できていないように、物理学は所々に欠陥があり、世の物理法則を完璧に解明するものではない。
正確な理論も含まれるが、それですら世間の物理をほんの一部証明しているに過ぎない。
五感を絶対視する実証主義には限界があるのだ。

天上は人間世界とは別物であり、そこに物理学でいう人間界の物理法則は多々通用しない。
だから、上の2点から発展して世界の構造を把握するには、科学的な考証、今まで学んだ物理学そのものを脇に置いて、仏典を開いて学ぶしかない。


閻浮提の地(大地)より四万由旬(44~68万キロ)の高さに日月があり、須弥山の半ばを巡り乾陀山を遊行する。
太陽と月は宮殿である。
その日月の宮殿は、太鼓のように円満である。

七曜の図に云く、「日月五星を名づけて七曜と為す。
日は是れ陽の精なり。月は是れ陰の精なり。
五星とは、東の歳・南の熒惑・西の太白・北の辰、及び中央の鎮なり。」

星と月は同じく是れ陰の精にして、俱に夜に於いて現ず。星は虧盈無くも月に及ばず。<中略>
日は是れ陽の精、独り能く闇を破す。

『摩訶止観弘決』巻第五之四『法華文句』巻第十

月宮の厚さと広さは五十由旬(或は四十九由旬)、周囲は百五十由旬である。
この月の宮殿は天界の純粋な銀と瑠璃でできている。
月宮は水大(水の要素)が多く、特に下辺は水大が多くその光も最も勝っている。
その上辺は金の城で囲まれ、城の高さは一由旬、城壁の高さは半由旬、城門の広さは二由旬、門楼の高さは一由旬半である。
十由旬ごとに一つの門があり、合わせて十四の門と一つの小門がある。これらの城門は多くの宝でできており、種々の摩尼珠によって荘厳されている。

月宮は「栴檀」と名付けられ、ここに月天子(お月様)が住んでいる。
月天子の寿命は天界の五百歳であり、子孫が代々受け継いでその宮を治める。
その宮殿は一劫の間存続する。(立世阿毘曇には月宮は四十余劫住すると説かれる)
月宮殿の前には数え切れないほどの諸天の宮殿が先導し、運行している。また、無量の天子が先導しており、彼らは常に安楽を受けている。
天子がいるときは宮殿が常に運行し、天子が留守の時も宮殿は運行する。天子が還る時は宮殿の在るところに随ってその中に下る。

月の模様の因縁

何の因縁によってあの兎のような様々な影(模様)が現れているのか。
この閻浮州には閻浮樹という木がある。
その木は高大で、その影が月輪に映る。この因縁によってあの影が現れているのである。

太陽

日宮の厚さと広さも五十一由旬、周囲は百五十三由旬である。
(起世経では、その形は正方で、遠くから見ると円形に見えると説かれる)
この日の宮殿は天界の純粋な金と玻璃でできている。
日宮は火大(火の要素)が多く、特に下辺は火分が多くその光も最も勝っている。
その上辺は金の城で囲まれ、城の高さは一由旬、城壁の高さは半由旬、城門の広さは二由旬、門楼の高さは一由旬半である。
十由旬ごとに一つの門があり、合わせて十四の門と一つの小門がある。これらの城門は、多くの宝でできており、種々の摩尼珠によって荘厳されている。

日宮は「脩野」と名付けられ、ここに日天子(お日様)が住んでいる。
日天子の寿命は天界の五百歳であり、子孫が代々受け継いでその宮を治める。
その宮殿は一劫の間存続する。(立世阿毘曇には日宮は四十余劫住すると説かれる)
日宮殿の前には数え切れないほどの諸天が先導し、運行している。彼らも常に安楽を受けている。
彼らは皆「牢行」と名付けられる。
天子がいるときは宮殿が常に運行し、天子が留守の時も宮殿は運行する。天子が還る時は宮殿の在るところに随ってその中に下る。

発光のしくみ

倶舎論の説

月輪の底面の表側は玻璃宝の水珠でできており、そこから月光が発せられる。月光は物を冷やす作用がある。
日輪の底面の表側は玻璃宝の火珠でできており、そこから日光が発せられる。日光は物を熱する作用がある。
日月の光は有情の業の増上力によって生じたものであり、眼や身体、果実や花、農作物や薬草などに対して、それぞれに応じた利益や損害をもたらす。

起世経の説

月天の大宮殿には一つの大きな輿がある。青琉璃でできており、高さは十六由旬、幅は八由旬である。
月天子と天女たちはこの輿の中で天の様々な五欲の功徳をもって楽しむ。
その月天子の身体の各部分から放たれる光はこの青琉璃の輿を遍く照らし、その輿の光明はさらに月宮殿を照らす。
その月宮殿から放たれた光が四大洲を照らす。
月天子の身体、輿、そして宮殿には、それぞれ千の光明が備わっている。そのうち五百の光明は横方向を、五百の光明は下方を照らす。
故に、月天は「千の光明」「冷涼なる光明(陰性の柔らかな光)」とも呼ばれる。

日天子の身体の各部分から放たれる光は閻浮檀の輿(香木で作られた車)を照らし、その輿の光がさらに宮殿を照らす。
その日天の大宮殿から光が連なって放たれ、四大洲やその他の世界を遍く照らす。
日天子の身体、輿、宮殿にはそれぞれ千の光明が備わっている。そのうち五百の光明は横方向を、五百の光明は下方を照らす。

日月の光は宮殿の底面にある天の宝石から放たれる。つまり、宮殿が光っているということ。
その光の根源は(エネルギー源)は日月の天子の身体である。

星宿

星の宮殿(お星様)で最も小さいものは、直径は半俱盧舍、周囲は一俱盧舍半しかない。
星の中でも大きいものは、直径は十六由旬、周囲は四十八由旬ある。

どうやって空中に浮いているのか?

太陽や月、星々はどのようにして空中に浮いているのだろうか?
それは、風の力(気圧)に依って浮いているのである。
日宮も月宮は五種類の風によって支えられ、運行している。
すなわち、あらゆる有情の業が増長する力によって共に風を引き起こし、それが須弥山の周りを空中で旋回し、日宮などを支えて落ちないようにしているのである。

月の満ち欠けの因縁

月は自ら輝いており、日の光を反射しているのではない。
その月に満ち欠けがあるのは、須弥山と、日の光が影響している。

須弥山による影響

善男子よ、此の満月を余方では半と見、此方の半月を余方では満と見るが如く、閻浮提の人が若し月初を見ば、皆一日と謂いて初月の想を起こし、月の盛満を見ば、十五日と謂いて盛満の想を生ずるも、此の月性に実には虧くることと盈つること無く、須弥山に因りて増減有るのみ。

『大般涅槃経月喻品第十五
日光による影響

太陽と月は運行の度合いが異なるため、現在のように満ち欠けが現れるのだという。

新月(黒分)

太陽は常に月を追いかけて廻り、一日に四万八千八十由旬ずつ近づく。
近づく時に、太陽は月を三由旬と一由旬の三分の一ずつ覆い隠す。
このため、十五日目には月が完全に覆われ、これが黒分の満ちる時となる。
太陽と月が同じ場所にある時を合行といい、世間では黒分の円満(新月)といわれる。
もし太陽が月の後を追って運行するならば、太陽の光が月の光を照らす(侵食して奪う)。月の光は粗いため、照らされて影が生じ、この月の影が自ら月を覆う。
そのため、月の後ろの部分が欠けて見えなくなる。このようにして十五日目には月が完全に覆われる。後を追って運行する時を黒分という。

満月(白分)

太陽が月から離れていく時には、同じく一日に四万八千八十由旬ずつ離れる。
離れる時に、月は三由旬と一由旬の三分の一ずつ開かれていく。
このため、十五日目には月が清らかに円満となり、これが白分の満ちる時といわれる。
太陽と月が最も離れている時に月は円満となり、世間では白分の円満(満月)といわれる。
もし太陽が月の前を進んで運行するならば、月は日ごとに清らかに開かれていく。
これも同様に、十五日目には完全に円満となる。前を進んで運行する時を白分という。

日食と月食の因縁

復た次に善男子よ、羅睺羅なる阿修羅王が手を以て月を遮るが如し。世間の諸人は咸く月蝕すと謂うも、阿修羅王は実には蝕すること能わず、阿修羅が其の明りを障るのみを以ての故なり。
是の月は団円なるに虧損有ること無く、但だ手を以て障るが故に現われざらしむるのみ。手を摂むるが若き時には、世間は咸く月が復た還び生ずと謂う。皆、「是の月は多く苦悩を受く」と言うも、仮使い百千の阿修羅王すら之を悩ますこと能わざるなり。

『大般涅槃経 月喻品第十五』

羅睺羅とは、此には「障持」と云う。日月を障持する者也。是れ畜生の種にして身の長八万四千由旬、口の広さ千由旬なり。<中略>
手の掌を挙げて日を障う。世の人、咸「日食怪険なり」と言って種種邪説す。月を掩うも亦是の如し。

『法華文句 巻第二下』

日蝕とは、全く俗に計有るを許さざるが若し。
然るに、暦数に依って亦預め之を算し知るべきは何ぞや。器世間は法爾として人の陰陽の理と合するを以てなり。故に人身の中、五行と天地の数と合す。故に虧盈の法は須く暦数に応ずべし。豈正業を妨げんや。
種種邪説と言うは、然るに日月は四天下を照す。四天下、亦陰陽同じからず。虧盈すべからず。則ち一切の王等をして尽く皆衰えせしめんや。水旱・災変亦復是くの如し。
故に知んぬ、一分は陰陽の理と合すと雖も、一分は須く衆生の業力に依るべし。

『法華文句記 巻第二下』

日食や月食は巨体の阿修羅がその手で遮ることによって発生する。しかし、阿修羅が実際に日月に触れているわけではない。
唐代には日月が蝕する時期が暦の算法によって予知することができていたが、暦の算法が全てではない。
阿修羅による影響もあり、これも否定されない。

大力の阿修羅でさえ日月に触れることはできないのだから、なおさら無功徳の人類がいくら技術を向上させてロケットや飛行機械を飛ばしたところで、日月に到達できるものではない。
人類の月面着陸は明らかな大嘘で、NASAは人々の心から天の存在を葬るために存在しているといえる。

宮殿であることをその目で確認したかったら、神通力である天眼を備えるしかない。
もしくは、上天に招かれて日月に踏み入れるだけの大きな功徳を積むことだが、まず無理だ。
例えば、浦島太郎は特異な功徳を積んだから龍宮まで神亀の助けを借りていくことができたといえる。
一方、竹取物語では結局誰もかぐや姫を娶ることができなかったから、月の訪問記録が残っていない。

中古の人でさえ誰も踏み入れることができなかったのだから、ましてや現代人に月に入れるほどの資格を備えるのは到底無理だろう。夢の中の夢、月宮は龍宮よりはるかに難関だといえる。
だから、日月以上の世界を知るには、仏典に書かれていることをそのまま信じるしかない。

修行者は、聞慧もんえ(仏の教えを聞いて得た智慧)によって、
あるいは天眼によって
(諸天を)見る。

『正法念処経』

善男子よ、非想非非想天の如し。亦二乗の能く知るを得る所に非ずして、契経に随順いて信を以ての故に知る

『大般涅槃経如来性品第十二

四季について

太陽がこの南閻浮提を運行する軌道には違いがあるため、昼と夜の長さに増減が生じる。
雨季の第二月の後半の第九日から夜が次第に長くなり、寒季の第四月の後半の第九日から夜が次第に短くなる。昼の増減はこれと反対である。夜が次第に長くなる時は昼が次第に短くなり、夜が次第に短くなる時は昼が次第に長くなる。
昼夜が長くなる時、一昼夜に一臘縛だけ長くなる。昼夜が短くなる時も同じである。
太陽がこの洲を南寄りに運行するか北寄りに運行するかの違いで昼夜の時間に差が生じる。

なぜ冬を醯曼多(ヒマンダ)というのか。この時期は雪が降って寒さが訪れるからである。冬をヒマンダというのはその性質からである。
なぜ春を禽河(キンガ)というのか。太陽が照りつけるために暑さが厳しく、渇きを覚える時だからである。春をキンガというのはその性質からである。
なぜ夏を跋娑(バッサ)というのか。雨が降り、降ることが予想される年の初めの時だからである。夏をバッサというのはその性質からである。

冬が寒く、春は暑く、夏に寒暖差があるのはなぜか。
冬の時は水の性質(水界)が最も強く、湿度が高く水分が蒸発せず、草木は萎れず、大地はぬかるみ、火の性質(火大)は下に向かい、水気は上昇する。
深い水は暖かく、浅い水は寒い。寒期が来て太陽が外側を回るため日照時間が短く、体内の陽気は内にあり、食べ物の消化は速やかになる。このようなことから、冬は寒くなるのである。
なぜ春は暑いのか。冬に水の性質が限界まで強くなったあと、キンガの時に次第に減っていく。草木は乾いて萎れ、大地は乾燥して熱くなる。水気は下に向かい、火気は上昇する。
なぜそうわかるかというと、深い水は冷たく、浅い水は熱いからである。
冬が過ぎ、太陽が内側の周期に入って長時間照らすようになると、身体の内なる火(代謝)が弱っているため春は暑く感じる。
夏の八月(旧暦)には大地が昼間ずっと太陽に晒され、大きな雲が雨を降らせ、その水気が蒸発して地気がこもる。風が吹けば蒸気が散って涼しくなり、吹かなければ蒸し暑くなる。だから「跋娑」の時期には暑い時と寒い時が混じる。

氷の壁ではなく鉄の山の壁(横の果て)

塩海(大海)の最果てに鉄囲という山があって世界をぐるりと囲んでいる。
その山は水中に入ること三百十二由旬半、水上にも同じ高さで聳える。
広さ(山幅)も同じ長さで、周囲は三十六億一万三百五十由旬である。

この閻浮提の中央から北に向かって、三箇所にそれぞれ三重の黒山が連なっている。
その黒山の北には大雪山があり、大雪山の北には香酔山がある。
雪山と香酔山の間に「無熱悩」という大きな池が広がっている。その池から四大河(殑伽河、信度河、徙多河、縛芻河)が流れ出ている。
無熱悩池は縦横の長さがそれぞれ五十由旬ある。八功徳水が満ちており、神通力を得た人でなければそこに至ることはできない。この池のほとりに閻浮樹の林がある。

閻浮提人が旅(遠出)をする場合、大小の黒山まで至ることはできるが、神通力や他者の助力がなければそこを越えることはできない。
下界の衆生は神通力を得るか他の助力(上天の迎え)に頼らないと、上界を見たり行ったりすることはできない。
つまり、我々閻浮提人が船を使ったりや飛行機を飛ばしたりして辿り着けるのは「黒山」が限界だ。

善男子よ、閻浮提に日が入る時を衆生は見ざるが如し。黒山が障るを以ての故にして、是れ日は性として実には没入すること無し。衆生が見ずして没入すとの想いを生ずるのみ。

『大般涅槃経 高貴徳王菩薩品之五

夕暮れに太陽が地下へ沈んで見えるのは、実際は黒山という山に遮られるためである。
つまり、日月自体は須弥山を基軸に水平に周回している。

大地の厚さと空の高さ(上下の果て)

大地が平面なら、その大地の深さはどれくらいか?空はどこまで高く続いているのか?
その答えも経典にある。

下方(地下)

この閻浮提の下、五百由旬を過ぎたところに琰魔(閻魔)王国がある。
縦横の広さもまた同じである。※或は三万六千由旬の広さとも
閻魔王国は諸々の鬼の根本の住所である。

閻浮提(人間界)から下へ一万由旬の所に夜摩世間地獄がある。
閻浮提から下へ二万由旬いった所に、無間大地獄がある。その深さは二万由旬ある。
この二つの間に、七大地獄などの他の地獄が存在する。

地獄の四万由旬を通り越して、大地の下には金輪があり、厚さは三十万由旬強ある。
大地の厚さも含めれば。四十八万由旬である。
大地の下には水の集まりの層(水輪)があり、厚さは六十万由旬(八十万由旬とも)である。
水輪と金輪の周囲の長さは三十六億一万三百五十由旬である。
水輪の下には風が集まっている層(風輪)があり、厚さ三十六万由旬(百六十万由旬とも)あり、その周囲は計り知れない。

水輪のさかいから上、非想非非想天に至るまで、あらゆる三千大千世界は虚空に依って存在している。
三界(無色界・色界・欲界)の衆生の住処はすべて虚空に依っているが、その虚空は何にも圧迫されていない。

上方(天上の高さ)

閻浮提から上へ四万由旬いった所に、四天王天がある。
さらに四万由旬の上、八万由旬の所に、三十三天がある。
そして、閻浮提から上へ十二億八万由旬いった所に、他化自在天がある。

閻浮提から梵天の住処まではどれほどの距離があるか?
梵天の住処は非常に高い所にあり、閻浮提から遠く離れている。
例えば、九月十五日の満月に、ある人が梵天の住処から百丈四方の石を下界に向かって落としたとしよう。途中に何の妨げもなければ、来年の九月の満月の頃に閻浮提に届くほどである。
梵天の住処と閻浮提の距離はこのようである。
梵天の住処から少光天までは、さらにその倍の距離がある。

阿迦尼吒天(色界の最高天)から閻浮提へと巨大な密石の山を放ち、途中に何も妨げがなければ、六万五千年五百三十五年を過ぎて、ようやく閻浮提に到達する。

阿迦尼吒天よりさらに上には無色界、無辺空処・無辺識処・無所有処・非想非非想処という天があり、これらが天の全て住処である。
我々衆生はこのような場所、世界に住んでいる。衆生が往来したり、生まれたり滅びたりする範囲はここが極まり(最果て)である。
この世界の全ての衆生には、生・老・死があり、このような生死の道に落ちて住み、ここを超えることはできない。
これを娑婆世界の無畏刹土という。他の十方の一切の世界もまた同じである。

雨が降る因縁

現代の科学では、雨というものは海や川の水が太陽の熱によって蒸発し、その水蒸気が上空で冷やされ雲となり降るという考え方だが、ほぼ嘘だろう。
部分的、表面的にとらえているだけで正しくない。降雨の本当のしくみも実際はまだ解明されていないはずだ。
降雨は龍によってもたらされる。これが真実である。

龍宮に住む福徳を備える多くの善き龍、法に従って行動する龍たちは善い心を持つがゆえに、時節に応じて雨を降らせ、天下の五穀を成熟させ、人々に豊かさと安らぎをもたらす。
善龍は雹などを降らせて災いをもたらさない。彼らは仏法僧を信じ、法に従い、仏舎利を護っているからである。逆に悪竜は雹などを降らせて災いをもたらす。
このような善竜王たちには悪竜が被る熱砂の苦しみはなく、大きな楽を受けている。 彼らは四天下に恵みの雨を降らせる。
もし人々が法に従い、父母を敬い養い、沙門や婆羅門に供養し、正しい法を修行するならば、法行の竜王たちの力が増長する。
法力が勝るが故に、細やかな雨を降らせ五穀は熟し、作物の色形・香り・味は整い、花々は美しい咲き乱れ、災害もない。日月の威光も盛んとなり、悪竜も毒風を放つことがない。

又、善男子よ、天の亢旱するに、河池は悉く乾きて万卉焦枯し百穀零落す。
娑伽羅龍王の七日雲を構えて四方に雨を注ぐに、大地霑洽し、一切の種子は皆萌芽し、一切根株は皆開発し、一切の枝葉は皆蔚茂し、一切華果は皆敷栄するが如し。

娑伽龍とは華厳の文也。長含に又云く、〔阿耨達の龍王、身心より雨を降らして閻浮提に満つ〕と。今の文に四方霔雨と云うは是れなり。
七日と言うは、是れ摩那斯龍王、雨を降らさんと欲する時、先ず七日雲を布き、一切衆生をして諸の業を究竟せしめて漸く微雨を降らす。物を損ぜんことを恐るるが故なり。

『摩訶止観』巻第五 『摩訶止観弘決』巻第五

仏子よ。例えば、阿耨達龍王が巨大な雨雲を起こし、閻浮提を覆い尽くして大雨を降らせると、あらゆる穀物や草木が生き生きと育ち、川や泉も全て満たされる。
この大雨は竜王の身体や心から出ているわけではないが、それによって無数の生き物が豊かな恵みを受ける。
<中略>
また、仏子よ。例えば、摩那斯龍王が雨を降らそうとするとき、まず厚い雲を起こして虚空を覆い尽くし、七日の間とどまって雨を降らせず、先に衆生のそれぞれの業を完了させる。
なぜかというと、その大龍王に慈悲の心があるからだ。七日を過ぎれば次第に小雨を降らせて広く大地を潤す。
<中略>
また、仏子よ。例えば、大海の中に「大荘厳」という名の大竜王がいる。
この竜王はある時は十日間、ある時は二十日間、或は百日、或は千日、百千日に亘って雨を降らせる。
仏子よ。雨そのものは「私は十日間雨を降らせる」とか「百千日間降らせる」とは考えない。
しかし、その竜王には不可思議な自在力があるからこそ、十日間、あるいは百千日に亘って雨を降らせることができるのだ。

『華厳経』 宝王如来性起品第三十二之二

雲について

世の中には四種類の雲がある。白雲・黒雲・赤雲・黄雲である。
この四つの雲のうち、白いものは地の要素(地大)が多く、黒いものは水の要素が多く、赤いものは火の要素が多く、黄色いものは風の要素が多い。

雷のしくみ

雲の中から電光が生じるのは二つの原因がある。

  1. 東方に「亢厚」という電光があり、南方に「順流」という電光があり、西方に「堕光明」という電光があり、北方に「百生樹」という電光がある。
    あるとき、東方から出る「亢厚」という大きな電光が、西方の「堕光明」という電光と触れ合い、向かい合い、擦れ合い、打ち合うことがある。
    そうして、その虚空の雲の中から大きな光が生じ、それが「電光」と呼ばれる。
  2. あるいは、南方の「順流」という大きな電光が、北方の「百生樹」という大きな電光と触れ合い、向かい合い、擦れ合い、打ち合うことがある。そうして、電光が生じる。
    それは譬えると、二本の木が風に吹かれて互いに触れ合い、突然に火が生じ、そしてまた元の場所に帰るようである。
雲が発声する因縁

三つの因縁があり、それらが互いに触れ合うことによって、雲の集まりの中から音声が生じる。

  1. ある時、雲の中の風の要素(風界)が、地の要素(地界)に触れ合うことによって音声が生じる。それは譬えると、木の枝が擦れ合ったり磨れ合ったりすることで火が生じるようなものである。
  2. ある時、雲の中の風界が水界に触れ合うことによって、やはり音声が生じる。これも第一の因縁と同じ理屈である。
  3. ある時、雲の中の風界が火界に触れ合うことによって、やはり音声が生じます。
    これを簡単に言えば、例えば二本の木が擦れ合って火が生じるようなものである。
降雨を妨げる因縁

降雨を妨げる五つの因縁がある。天候を占ったり予測したりする者が必ず雨が降ると予測したのに実際には雨が降らないことがある。
彼らはそれを測り知ることができず、ますます不審を深める。その五つとは、

  1. ある時、大空に雲が湧き、雷が鳴り、ガチャガチャ、グチュグチュという音を立て、稲光が走り、あるいは風が冷気を運んでくるなど、様々な雨の兆しが現れる。
    この時、占う者や天文観測者たちは必ず雨が降ると断定する。
    だがその時、羅睺羅阿修羅王がその宮殿から出て来て、両手でその雨雲を掴み海の中に投げ入れてしまう。
    これが第一の雨の妨げとなる因縁である。天文師や占い師たちはこれを見ることも知ることもできず心に疑惑を生じる。必ず雨が降ると占ったのに、実際には雨が降らなかったからである。
  2. 火大の影響
    ※2以降は解説を省略
  3. 風大の影響
  4. 雨神の放逸
  5. 人々の悪行の積り

地震が起こる因縁

プレートテクトニクスによる地震の発生理論は嘘。マントルの対流など無い。
地震が起こる因縁は二つある。

天と阿修羅の戦いにおいて、阿修羅に騙られた悪しき竜王は、自らの宮殿に入り激しく怒り狂い、大水を震動させる。
その揺れはある時は百由旬、二百由旬、三百由旬にも及ぶ。
大地は水の上にあり、水が動くことで大地も大きく揺れる。
このような悪い竜王が大地を揺るがすと、世間の邪見の論師たちは次のように分析する。
「このような兆しは、国土に災いや飢饉が起こる事を示している」あるいは、「豊作と繁栄の兆しだ」とも言い、「王が亡くなり大臣が災いを受ける」「王に霊妙な瑞兆や吉祥が訪れる」「戦が起こる」「安穏である」「水害の兆しだ」「干ばつの兆しだ」…と様々に邪説する。
世間の相師たちはこのように地震の相について語るが、その揺れの本当の原因を知ることはない。

また、別の因縁によっても大地は大きく動く。
すべての衆生が行う善悪の業因縁によって、大地は大きく震動する。

この二つの因縁によって、大地が大きく動くのである。
地下には「持風」と呼ばれる風がある。風が水を支え、水が大地を支えている。
この持風が動くことによって大水が動き、大水が動くことによって大地が動く。
その揺れは五十由旬、あるいは百由旬、二百由旬、三百由旬、あるいは四百由旬にも及ぶ。
風の広がりに応じて水の動きもまた変わり、水の広がりに応じて大地の動きもまた変わる。

注意するべきこと

巷でフラットアースを宣伝している者にはキリスト教信者が多いが、私はそうではない。仏教徒である。
中村氏等の解説を参考に、合理的に考えれば大地が平面であることは間違いない。
しかし、だからといって同じように平面であることを理解しているキリスト教徒には与しない。
魔書も大地平面説を採っており、邪書を信じる彼らはフラットアースが自分たちの教義と合致するから平面説を採用しているといえる。
そして、フラットアースが広まれば、それだけ自分たちの邪教の普及にも都合がいいから平面であることを支持しているともいえる。
最終的には平面説を理解した人たちを絡めとって、キリスト教信仰に誘導するつもりでいるのだ。
彼らを警戒しなければならない。
ただ、大地が平面であるということわりのみ採用して、キリスト教は拒否するべし。

キリスト教はやめなさい。せい書はゴミ箱へ。
キリスト教は紛れもない外道。キリスト教自体が悪魔の教え。魔道。魔教。蛮教。邪見。せい書は悪魔の書、魔術の書。真理を明かそうとしてせい書の言葉を引用することは、即魔術を使うこと。創造主はいない。原罪や贖いは無い。これらは全て誤った考えで邪見。…

フラットアースの奥義

フラットアースをさらに突き詰め、その奥義を仏法から明かそう。
この大地平面の事実を受け入れたなら、最終的に以下のことを信じるべきである。
実は、我々が住んでいるこの世界の大地の下の空間には、無数の菩薩が存在するのだ。

 爾の時に他方の国土の諸の来れる菩薩摩訶薩の八恒河沙の数に過ぎたる、大衆の中に於て起立し合掌し礼を作して、仏に白して言さく、「世尊、若し我等仏の滅後に於て此の娑婆世界に在って、勤加精進して是の経典を護持し読誦し書写し供養せんことを聴したまわば、当に此の土に於て広く之を説きたてまつるべし」
 爾の時に仏、諸の菩薩摩訶薩衆に告げたまわく、「止みね、善男子、汝等が此の経を護持せんことを須いじ。所以は何ん、我が娑婆世界に自ら六万恒河沙等の菩薩摩訶薩あり。一一の菩薩に各六万恒河沙の眷属あり。是の諸人等能く我が滅後に於て、護持し読誦し広く此の経を説かん」
 仏、是れを説きたもう時、娑婆世界の三千大千の国土地皆震裂して、其の中より無量千万億の菩薩摩訶薩あって同時に涌出せり。是の諸の菩薩は身皆金色にして、三十二相・無量の光明あり。先より尽く娑婆世界の下、此の界の虚空の中に在って住せり。是の諸の菩薩、釈迦牟尼仏の所説の音声を聞いて下より発来せり。

妙法蓮華経 従地涌出品第十五

奥義といっても、最高の経典である法華経に書かれていることを引用したまでだ。
要するに、我々が住む大地の下の空間には、釈迦の直弟子である無数の菩薩が在住して末法での出現を刻々と待っているということを示すのだ。
これは仏教最大の秘密である。信じ難いが信じなければならない。
この奥義は自分の頭で解釈するのではなく、ただ書かれている通りに信じることでしか会得できない。

もし大地が球体なら、この経文は通用しなくなる。
大地が平面であることは自然の摂理であり、その事実を受け入れるなら、それを基にこの法華経の涌出品の経文も受け入れやすくなる。
私が大地平面を取り上げている理由はそれでもある。
平面であることを理解したなら、そのまま仏教に就いて法華経を信じるべきである。

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